第4話:門番の受難と、鉄壁の説教
交易都市バザール。
世界中の物資と情報が集まるこの巨大な城郭都市の正門前には、入国を待つ商人や冒険者の長い列ができていた。
その列の最後尾に、異世界には存在し得ない銀色の巨躯――キャンピングカー『トリオ・ハウス』が、場違いなエンジン音を響かせて停車した。
「おい、ナツキ。俺のスマホのGPSが、この門の先で異常な魔力反応を検知している。
おそらく、入国審査に使う魔導鑑定機だ。王宮のやつより出力が高い。俺たちの偽造データ、弾かれないか?」
カズヤが運転席のタブレットを叩きながら、眉間に皺を寄せて警告した。ナツキは助手席でストロング缶の空き缶をインベントリへ放り込み、面倒そうに伸びをする。
「バグなんて直してなんぼだろ。最悪、俺が少し『お話し』してくるよ。マルモ、お前は車内でチャーシューの仕込みでもしてろ。
庄田国の王子の料理が、門番の鼻に届いたら行列がパニックになるからな」
「よかろう。おいの隠し味のニンニク醤油は、ドラゴンの鼻をも曲げるけんね。
ナツキ、不手際があったらすぐに呼べ。おいの『中火』で門ごと焼き上げてやるばい!」
マルモの力強い(が物騒な)言葉を背に、ナツキは車を降りた。彼が門へ近づくと、重厚な鎧に身を包んだ門番たちが、見たこともない異形の鉄の馬――キャンピングカーを警戒し、槍を交差させて道を塞いだ。
「止まれ! 貴様ら、その不気味な乗り物はなんだ! 許可証のない者の入国は認めん。それに、その格好……どこの国の民だ?」
門番の隊長が威圧的に叫ぶ。周囲の冒険者たちも、ナツキのパーカーとデニムというラフな姿に冷ややかな視線を送る。
しかし、ナツキの周囲には、物理攻撃も精神干渉も一切を遮断する**『全方位メンタルガード』**が、無意識のうちに展開されていた。
「おじさんさ。質問が多すぎるんだよ。まずは一つずつ整理しようか。許可証がない? なら、今ここで作ればいいだけの話だろ。規則っていうのは、円滑な社会活動のためにあるんであって、人を排除するためにあるんじゃないんだ」
「何を屁理屈を! 規則は規則だ! 貴様のような身元の怪しい者は、このバザールの土を踏ませるわけにはいかん!」
隊長が激昂し、槍の石突きで地面を激しく叩いた。その瞬間、ナツキの脳内でスイッチが切り替わる。説教モードの起動だ。
「おじさん、今『怪しい』って言ったよな。それ、主観だよね? 根拠はあるのか? 俺の服が珍しいからか? 乗り物が大きいからか? それとも、俺が君の理解の範疇を超えているから、恐怖を『怪しい』という言葉に置き換えて、自分を納得させているだけじゃないのか?」
「な、なんだと……?」
「いいかい。君の仕事は街の安全を守ることだ。俺をここで止めて無駄な時間を浪費している間に、あっちの列に並んでいる本物の密輸商人が見逃されているかもしれない。君のその矮小なプライドのために、街の安全が脅かされている。それって、職務怠慢じゃないのか?」
「パキンッ」
空気中で、何かが弾けるような乾いた音が響いた。ナツキの言葉が放つ論理の刃が、門番の精神的な防壁にヒビを入れた音だ。
「俺が入国することで発生するリスクと、ここで俺と押し問答をして、後続の商流を止める経済的損失。どっちが重いか、その鎧の下にある脳みそで計算してみなよ。それとも、上司に『理屈で論破されて、門を封鎖しちゃいました』って報告するのがお望みか?」
「う、ぐ……。しかし、魔導鑑定機を通さねば……」
「なら、さっさと通せばいい。俺の魔力特性が君たちの機械で測れなかったとしても、それは俺のせいじゃない。機械のスペック不足だ。メーカーにクレームでも入れてろよ」
ナツキは一歩も引かず、むしろ距離を詰めて門番を睨みつける。物理的な力は一切使っていない。だが、門番の隊長は、まるで巨大な山に押し潰されるような圧迫感を感じ、全身から脂汗を流していた。
「わ、分かった。通れ……。ただし、街の中で騒ぎを起こせば、即座に処罰するからな!」
「最初からそう言えばいいんだよ。おじさん、次はもっと効率的に仕事しな。人生は短いんだからさ」
ナツキは背を向けてキャンピングカーへ戻り、スマートキーのボタンを親指で弾いた。
車内に戻ると、カズヤがタブレットを眺めながらニヤリと笑った。
「ナツキ、お見事。門番の精神的バイタルが、一気にレッドゾーンまで振り切れてたよ。おかげで俺たちの車両データ、適当な『魔導貨物車』として登録された。これで堂々と入国できる」
「おいのチャーハンも完成したばい! 勝利の味は、庄田国の王子の特製キムチチャーハンたい!」
マルモが差し出した皿からは、異世界では絶対に嗅ぐことのできない、食欲を暴走させる香辛料の匂いが立ち上っていた。
巨大な門がゆっくりと開き、銀色の巨体は、中世の街並みを模したバザールの中心部へと滑り込んでいく。
「パキンッ」
車内の隅で、また小さな音がした。
カズヤのスマホの画面に、一瞬だけ、ノイズ混じりのログが表示される。
『……ハナシガ・ナガイ』
カズヤはそれを、ナツキの説教に対するスマホの「AI的なツッコミ」だと思い込み、鼻で笑って画面を閉じた。
彼らはまだ知らない。この「不具合」が、徐々に彼らの現実を蝕み始めていることを。




