第3話:動く家と、消えないWi-Fi
騎士団を「調理」し終えた三人は、街灯ひとつない異世界の荒野を黙々と歩いていた。
足元はガタガタの石畳で、舗装という概念すら存在しない。
王宮の追っ手を振り切ったとはいえ、次の街まではまだ相当な距離がある。
ナツキは手元のストロング缶を飲み干すと、空き缶を指先で弄びながらカズヤを振り返った。
「カズヤ。悪いけど、俺の足はもうサービス終了だ。
このまま歩き続けたら、明日には膝がログアウトしちまうぞ。そろそろ『アレ』、出してもいいんじゃないか?」
「同感だね。俺のスマホの歩数計も、今日のノルマを大幅にオーバーしている。
これ以上はバッテリーの無駄遣いだし、ここで野宿の準備をしようか。幸い、このあたりは魔力の流れが安定している」
カズヤが立ち止まり、タブレットの画面を高速で操作する。
それを見たマルモが、待ってましたと言わんばかりに拳を合わせた。
「おう! やっとおいの出番ばいね。庄田国の王子たるもの、野宿でも最高級の寝床ば用意せんと、王家の名が廃るばい!
カズヤ、場所はここらへんでよかと? 龍の巣の上じゃなかろうね?」
「ああ。地盤の強度はスキャン済みだ。ナツキ、インベントリの第4セクター、プロテクト解除を頼むよ。
管理者権限が必要だ」
ナツキが空間に指を差し込み、見えないジッパーを力強く引き開けるような仕草を見せた。
その瞬間、虚空から巨大な銀色の質量が
「ドォォォン!」と大地を揺らして出現した。
それは、異世界の風景には絶望的に不釣り合いな、
最新鋭の大型魔導キャンピングカー
『トリオ・ハウス』 だった。
「よし、着地成功。サスペンションの歪みもなし。ナツキ、スマートキーでロック解除してくれ」
ナツキがスマホの画面をタップすると、電子音と共にサイドドアが滑らかにスライドした。
車内に一歩足を踏み入れれば、そこはもう中世風の異世界ではない。
最新の冷暖房システム。形状記憶素材のふかふかソファ。そして、中央のルーターからは、この世界で唯一の、そして最強のWi-Fi電波が放たれている。
「ふー、生き返る。このエアコンの24度設定こそが、人類の到達した至高の魔術だよな。
王宮の玉座より、こっちのニトリのクッションの方が座り心地がいいぜ」
ナツキがソファに深く沈み込み、テーブルのリモコンを操作して大型液晶モニターを起動させる。
映し出されたのは、共有インベントリ内に保存されていた、日本の深夜アニメ番組の録画データだ。
「おい、ナツキ。くつろぐのは後にしてくれ。
まずは魔導エンジンのチャージが先だ。これが切れたら、電子レンジも温水シャワーもただの箱になるからね。
マルモ、お願いできるか?」
「任せとかんね! おいの『中火』は、料理だけじゃなか!
熱エネルギーの変換効率なら、王宮の巨大魔導核にも負けんばい! 庄田国の王子に、火を扱わせたら右に出るもんはおらんけんね!」
マルモが車両後部のエネルギー接続ポートに太い手をかざす。
彼が指先から精密にコントロールされた蒼い火力を流し込むと、車内のインジケーターが一気にグリーンへと染まった。
同時に、車体側面に隠されていた魔導センサーが起動し、周囲一キロメートルに不可視の警戒網を展開する。
「チャージ完了ばい! これで一晩中、冷蔵庫もIHコンロも使い放題たい!
王子のおもてなしに抜かりはなかばい。カズヤ、電波の入りはどうだ?」
「助かるよ、マルモ。おかげでWi-Fiの感度がMAXになった。
……ん? おかしいな。ネットには繋がっていないはずなのに、共有ストレージの同期ログに、さっきから不規則なパケットが混ざっている。
ただの読み込みエラーにしては、規則性があるような……」
カズヤが眉をひそめてタブレットを叩く。
画面には、意味をなさない文字列の断片が明滅していた。
しかし、ナツキはそれを深刻に捉える風もなく、冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラの瓶を取り出し、栓を抜いた。
「バグだろ、バグ。異世界の魔力と現代のOSが喧嘩してるんだよ。それよりマルモ、腹が減った。
この『動く城』のキッチンで、王子の特製パラパラチャーハンでも作ってくれよ。王家の秘伝とか、そういう設定でさ」
「よかろう! おいの『強火』で米の一粒一粒をコーティングしてやるばい。
ナツキ、お前は黙って皿ば並べとけ! 庄田国の晩餐会の始まりたい!」
車外は、凶暴な魔物が徘徊し、冷たい風が吹き荒れる暗黒の荒野。
しかし、銀色の車体の内側では、暖かなLEDの明かりの下で賑やかな夕食の準備が進んでいた。
異世界の常識を軽々と置き去りにして、三人は現代の日常という名の要塞の中で、最初の夜を謳歌する。
「パキンッ」
車内の隅で、小さな、本当に小さな、何かが弾けるような音が響いた。
それは、世界のシステムが、自分たちの感知できない「異物」を検知した瞬間の、かすかな歪みだったのかもしれない。
だが、テレビから流れる笑い声と、マルモが振るう中華鍋の景気良い音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
「ま、なんとかなるだろ。コーラは美味いし、Wi-Fiも飛んでる。これ以上の幸せが異世界にあるか?」
ナツキの適当な言葉に、カズヤが溜息をつき、マルモが豪快に笑う。
こうして、彼らの「快適すぎる旅」は、夜を徹して走り出した。




