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第2話:【強火】で道を開けろ!――王宮からの緊急脱出

 王宮の裏門。追放を言い渡された三人の背後で、重厚な鉄の扉が「ガラン!」と乾いた音を立てて閉ざされた。


 目の前に広がるのは未開の荒野と、どこまでも続く無機質な石畳の街道。そして、自分たちを「無能」と蔑み、物理的に排除しようとする王宮騎士団の包囲網だった。


「おいおい。追放って言ったくせに、門を出た瞬間に武器を構えるのはマナー違反じゃないか? 騎士道精神って、この国じゃ賞味期限切れなわけ?」


 ナツキが肩にかけたコンビニ袋を揺らしながら、吐き捨てるように言った。

 袋の中身は召喚時に持っていたストロング缶とスルメ。絶望的な状況下で、彼はあろうことか缶のプルタブに指をかけている。

 目の前には白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが十数人、鋭い槍の先をこちらに向けて殺気を放っていた。


「黙れ、無能者ども! 陛下は国外追放と仰せられたが、我が騎士団の判断は違う。

 生かして返せば、我が国の軍事機密が漏洩する恐れがある。ここで『事故死』してもらうのが、一番収まりが良いのだ!」


 隊長らしき男が残酷な笑みを浮かべて剣を抜いた。その剣身に魔力が集い、赤黒い光を放ち始める。

 カズヤがスマホの画面を高速でフリックし、冷淡に現状をパッチノートのように読み上げた。


「ナツキ、マルモ。周辺の魔力濃度が急上昇中だ。あいつら、手加減なしの広域殲滅魔法をチャージしてる。

 今の僕たちのステータスだと、かすっただけで即死確定だ。特に俺は防御力1だから、衝撃波の余波だけで分子レベルで消し飛ぶね」


「カズヤ、お前は冷静すぎて逆に怖かばい。ばってん、おいを『無能』て呼んだことは、絶対に聞き捨てならんぞ。

 おいはこれでも、佐賀の庄田国しょうだくにを統べる王子たい! 王家の誇りば持ったおいの火力が、こがん偽物の騎士ごときに負けるわけにはいかんばい!」


 マルモがどっしりと前に出た。

カズヤが横で「……ただの庄田町ちょう出身の一般人だろ」と小声で補足するが、マルモは聞こえないふりで胸を張る。その太い指が、空中に見えないコンロの巨大なつまみを回すような、独特の動きを見せた。


 騎士団側から、巨大な火球が放たれた。空気を焼き、大地を焦がしながら迫る業火。並の魔導師なら絶望するその熱量を前にして、マルモは不敵に笑った。


「魔法指定――『強火・一気加熱・表面はカリッと香ばしく』!! 貴様ら、庄田国の王子の真の力ば、その身に焼き付けるがいいばい!!」


 マルモの叫びと共に、足元に蒼白い魔法陣が爆発的に展開された。

 次の瞬間、騎士団が放った赤色の火球が、マルモの放った蒼い焔に完全に「捕食」された。

 ただ相殺されたのではない。

マルモの魔法が、相手の炎を「燃料」として取り込み、さらに温度を上昇させて押し返したのだ。


「なっ!? 火球が青く変色しただと!? 貴様、どんな高位魔法を使っているんだ!」


「勘違いすんなばい! これは魔法じゃなか、王家に伝わる……もとい、『メイラード反応』の応用たい! 高温で一気に焼き上げるのが、旨味と威力の秘訣ばい!」


 ゴォォォォォォ!!


 マルモの放った蒼炎が、騎士たちの足元の地面を一瞬でガラス状に溶かし、彼らの武器を飴細工のように無残に曲げていく。

 それは直接的な殺傷ではない。

ただ、周辺の温度が「調理に適した極限の熱量」に達したことで、騎士たちは戦意を喪失する前に、凄まじい熱波で意識を失い始めた。


「あーあ。鎧が熱せられて、中の人が蒸し焼きになっちゃうよ。

 おじさん、そんなに熱いのが好きなら、サウナにでも行けばよかったのに。あ、騎士団の薄給じゃ、個室サウナなんて夢のまた夢か?」


 ナツキが気だるげに歩き出し、倒れ伏す隊長の頭越しに痛烈な説教を飛ばした。ナツキの周囲には透明な壁――『全方位メンタルガード』が展開されており、残った熱気すら彼に触れることはできない。


「マルモ。やりすぎだ。空気が熱すぎて、俺のスマホが『高温注意』でシャットダウンしそうなんだけど。これ、リチウム電池が膨らんだら弁償してくれよな。王子なんだろ?」


「すまんカズヤ。ばってん、久しぶりに『強火』ば使ったけん、加減の難しかったとたい。

 おいの魔法は、調理用語で指定せんと出力の安定せんけんね。それに、王子に金の話は野暮ばい!」


 三人は、もがき苦しむ騎士団を尻目に、悠然と街道を歩き出した。

 王宮の塔からその様子を見ていた宮廷魔導士たちは、自分たちの常識が通用しない三人の姿に、戦慄を隠せなかった。


「よし。追っ手も当分来ないだろ。マルモ、さっきの火力、凄かったな。あれなら、ドラゴンの肉も三分で芯まで火が通りそうだ。さすが王子だな」


「おう。任せとかんね。おいの火に、焼けぬもんはないばい。ナツキ、次はもっと美味い食材ば探そうや。この世界のジビエには興味のあるけんね」


「そうだね。でもその前に、カズヤ。この世界の地図、どっかに落ちてないか?」


「無理。Wi-Fiも衛星も死んでる。

 でも、共有インベントリのキャッシュに、さっきの王宮の図書室の全データが紛れ込んでるみたいだ。これを解析すれば、近くの街までナビゲートできる。俺の計算機を舐めないでほしいな」


 三人は、夕闇が迫る異世界の荒野へと、最初の第一歩を踏み出した。

 彼らが持っているのは、伝説の聖剣でも、神の加護でもない。

 ただの食欲とこだわり、そして現代のデジタル技術。

 それが、この世界の理を根底から覆していくことになるとは…

まだ誰も――当人たちですら気づいていなかった。


「まずは、キャンプ地だな。マルモ、晩飯、期待してるぞ。腹が減っては世界も救えないからな」


「よかろう! 庄田国の王子の『中火』で、最高の夜飯ば作ってやるばい!」


 荒野に、マルモの陽気な佐賀弁と、ナツキが缶を開ける「カシュッ」という小気味よい音が響き渡った。

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