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外れスキルの【停止時能力アップ】実は世界最強でした  作者: 滝本りお


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リーダーの格

朝の成埜の地に、しばし音が消えていた。


風だけが草を撫で、

ついさっきまでそこにいた二体の異形の残滓が、薄く土へ溶けていく。


誰も、すぐには言葉を持てなかった。


最初に膝をついたのは、天槍騎士団の一人だった。


「……は……?」


声にもならない息が漏れる。


その隣で、別の騎士が剣の柄を握ったまま固まっている。

抜く必要もない。

だが、握らずにはいられない。

そんな、原始的な畏れに近い反応だった。


四天槍のひとりが、乾いた喉で呟く。


「昨日の、あの手合わせとは……」


言い切れない。


違いすぎた。


昨日のラルラゴとのお手合わせは、凄まじかった。

見ているだけで腰が抜け、結界の内側にいても息が止まりそうになった。

それでも、あれはまだ理解の輪郭があった。


剣と剣。

技と技。

強者同士の、極限の戦い。


だが今、彼らが見たものは違う。


剣を構えていたはずの男が、

次の瞬間には、剣を使わずに二体を消した。


斬ったわけではない。

叩き潰したわけでもない。

術式を詠唱したようにも見えなかった。


なのに、結果だけがそこにある。


サイラスが、目を見開いたまま低く吐き出す。


「……質が違う」


「強い、などという言葉で括れるものではない」


ゼルクは黙っていた。


だが、その目は明らかに変わっていた。


昨日までは、“見極める”つもりでいた。

今は違う。


目の前にいるのは、見極められる側ではなく、

こちらがどこまで理解できるかを試されるような存在に見え始めていた。


その沈黙の中、リオだけが少し困ったように自分の手を見ていた。


「……今の、ほんとに俺がやったんだよね」


ノアが、やわらかな光を震わせながら答える。


「はい」

「間違いなく、リオ様でございます」


「でも、全然覚えがないんだけど」


「それでも、身体が覚えておられたのです」

ノアの声には、隠しきれない熱があった。

「ほんの片鱗ではございますが……確かに」


リオは少しだけ首を傾げる。


「片鱗で、これ?」


後ろで聞いていた騎士の一人が、思わず小さく呻いた。


「片鱗……」


「冗談ではない……」


ノアはそこで、はっとしたように光を揺らした。


「……申し訳ありません」

「今は、そのお話ではありませんでした」


そう言いながらも、ノアの内側の緊張は解けていなかった。


むしろ、増していた。


あの二体を、リオはほとんど無意識で落とした。

それは良い。

それは、本来のリオを知るノアからすれば、むしろ自然なことだ。


だが、問題はその先だった。


目の前の魔人は、それを見てもなお退かない。


天階Ⅳ相当の個体が、

あの二体を一瞬で失って、

なお冷静さを保っている。


その時点で、やはりおかしい。


魔人は、ゆっくりとリオを見据えていた。


灰を塗り込めたようなその顔に、

さっきまでの余裕とは別の色が浮かんでいる。


「知らずに放つか」


「厄介だな」


低く、流暢な声だった。


リオが剣の柄に手を添え直す。


「厄介なのは、お互い様かもしれないよ」


「そうか?」

魔人の唇がわずかに歪む。

「貴様はまだ、自らが何を持つかも知らぬ」


「こっちは朝から新情報が多すぎるんだ」

リオは静かに返した。

「全部を一度に理解するのは、少し無理がある」


その返答に、ゼルクの視線がわずかに動く。


追い詰められた状況でなお、焦りに飲まれていない。

分からないことを分からないまま受け止め、それでも前へ立っている。


サイラスもまた、リオから目を離せなかった。


「……団長」


小さく呼ぶ。


ゼルクは短く答える。


「分かっている」


その声もまた低かった。


四天槍のひとりが、震える声で言う。


「昨日の手合わせは……あれでも、まだ“剣”の世界だったのか」


別のひとりが続ける。


「今のは、違う」

「戦いの中に立っているのに、戦いの外側から現象だけを差し込まれたようだった」


三人目が、ごくりと唾を呑む。


「これが……リーダーの格、なのか」


その言葉に、ゼルクはすぐには答えなかった。


だが数拍おいて、静かに言う。


「少なくとも」

「我らが簡単に“保留”などと口にしてよい相手ではないのかもしれん」


その空気の変化は、魔人にも伝わったらしい。


魔人は騎士たちを一瞥し、鼻で笑う。


「脆いな、人族」


「目にしたものひとつで、忠誠も判断も揺らぐか」


サイラスの目が冷たく細くなる。


「忠誠ではない」

「見誤らぬために、見ているだけだ」


「同じことだ」

魔人は吐き捨てるように言った。


だがその視線は、もう騎士たちではなく、リオに固定されている。


「面白い」


「貴様を斬れば、何かが剥がれそうだ」


その瞬間、空気が変わった。


魔人の足元から、濁った魔気が立ち昇る。


今度はさっきのような小手先ではない。

明確な殺意と共に、地そのものを巻き込んで膨れ上がる圧だった。


ノアが鋭く叫ぶ。


「リオ様、来ます!」


魔人が地を蹴る。


速い。


さっきまで配下を前に出していた時とは、まるで違う。

人型のくせに、獣の突進みたいな加速だった。


リオは剣を抜く。


刃と、黒い爪がぶつかる。


火花。

衝撃。


「……っ!」


重い。


腕が痺れるほどではない。

だが、ただ速い相手ではない。

一撃そのものに、地の魔気がまとわりついている。


リオは一歩引いて流し、追撃をかわす。


魔人はそこで止まらない。

そのまま流れるように二撃目、三撃目を繰り出す。


爪。

肘。

蹴り。

どれも人の戦い方に似ているのに、人の身体の理から少しだけ外れている。


「リオ様!」

ノアが焦ったように光を揺らす。


リオはかわしながら、少しだけ笑った。


「うん、これ」

「さっきまでのより、ちゃんと強いね」


「余裕か!?」と、後方の騎士が思わず声を漏らす。


だが、リオに余裕があるように見えるのは、半分だけ正しく、半分は違う。


余裕ではない。


楽しいのだ。


強い相手と向き合っている時の、

身体の奥が目を覚ますような感覚が、

少しずつ戻ってきている。


魔人の爪が、頬をかすめる。


「遅い」

魔人が笑う。


「剣に頼るなら、その程度か」


その言葉に、

リオの内側で何かがまた揺れた。


剣に頼る。


さっき、知らない術が勝手に出た。

今も、剣を握っているのに、

どこかで別の“流れ”が、ずっと指先を引いている。


まるで、


そっちではない


とでも言うように。


魔人の拳が来る。


リオは剣で受けようとして――

途中で、やめた。


身体が先に選んだ。


剣を半歩ずらし、左手を前に出す。


淡い術線が、掌から広がる。


今度は前より少しはっきり見えた。


薄い光の層。

夢の膜みたいな、現実から少しだけ浮いた術式。


拳が触れる。


その瞬間、魔人の腕がわずかに沈む。


「なに……?」


ほんの一拍だけ、世界からズレた。


その隙に、リオが踏み込む。


剣ではない。


今度は、肘でも拳でもなく、

ただ掌を押し込むように前へ出す。


どん、と鈍い音が響いた。


魔人の身体が、数歩分だけ地を滑る。


草が裂け、土が抉れる。


騎士たちが一斉に息を呑んだ。


「押した……?」

「違う、あれは――」

「接触の瞬間に、何かが……!」


サイラスは、もう理解を諦めるように目を細めた。


「見えるものだけで判断するな」

自分に言い聞かせるような声だった。


ゼルクの拳は、知らぬ間に強く握られている。


これはもう、試し合いでも、見学でもない。


自分たちは今、

明確に“上”の戦いを見せつけられている。


魔人が地を抉って止まる。


口元に、わずかに血が滲んでいた。


初めてだった。


その顔から、余裕が一枚剥がれたのは。


「……なるほど」


「思った以上だ」


リオは呼吸を整えながら、剣を構え直す。

けれど、その構え方はさっきまでと少し違っていた。


剣を主にしているようで、

意識の半分はもう剣の外側にある。


ノアはそれを見て、胸の奥が熱くなるのを感じていた。


懐かしい。


まだ不完全で、まだ戻りきっていない。

それでも、

戦いの中で自然に“思い出していく”この感じは、間違いなくリオそのものだった。


「リオ様……」


その声は、ほとんど祈りに近い。


魔人が、また一歩踏み出す。


その時だった。


成埜の地のさらに奥。


林と断崖の影が落ちる、もっと深い場所から――

ぞくり、と背筋を撫でるような別種の魔気が流れた。


ノアの光が、ぴたりと止まる。


「……え」


それは今まで感じていたものより、ずっと薄い。

なのに、ずっと深い。


まるで気配だけを削って削って、

最後に残った刃先だけを遠くから突きつけられるような感覚だった。


ノアの声が、はっきりと震える。


「……まだ、いる」


リオが前を見たまま問う。


「ノア?」


だが、ノアはすぐに答えられなかった。


今、目の前の魔人よりも。

今、ここで戦っているこの敵よりも。


もっと別の何かが、

まだ成埜の地の奥にいる。


その感覚だけが、確かにあった。

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