夢導魔術とは
ノアは、少しだけ姿勢を正すように光を整えた。
「ちなみにですが……」
「“夢導魔術”は、魔術技単体の名称ではございません」
リオがまばたきをする。
「……え?」
「はい」
ノアはこくりと頷く。
「“夢導魔術”は総称であり、その中に複数の系統、複数の術式分類が存在いたします」
「リオ様は夢記録の中で、それらを段階的に修め――」
「待って」
リオが真顔で遮った。
ノアの光がぴたりと止まる。
「もう頭がついていかない」
あまりにも率直な一言に、後方の騎士たちの間に妙な沈黙が落ちる。
リオは額に手を当てた。
「総称?」
「分類?」
「複数?」
「俺、剣を振ってただけだと思ってたんだけど」
「……そうなりますよね」
ノアは少ししょんぼりしたように光を縮めた。
「失礼いたしました」
「順を追ってご説明すべきでした」
「うん、そうしてほしい」
リオは素直に頷く。
「というか、できれば簡単にお願いしたい」
後ろでは、騎士団の空気が静かにざわついていた。
「総称、だと……」
四天槍のひとりが低く呟く。
「単一の技ではなく、体系そのものか」
サイラスが目を細める。
別の騎士が小さく息を吐く。
「夢で術を積むなど、聞いたことがない」
「しかも停止時能力向上との重ね掛けだと……?」
ゼルクだけは黙っていた。
ただ、その視線はさっきまで以上に鋭くなっている。
“戦えるかどうか”ではなく、
“何者なのか”を見ようとする目だった。
ノアは、やや申し訳なさそうに続ける。
「簡単に申しますと……」
「リオ様は“夢の中で完成させた魔術体系”を、現実へ導き出してお使いになれる、ということです」
「やっぱり簡単じゃないな……」
リオが遠い目をする。
「申し訳ありません……」
「いや、ノアが悪いわけじゃないんだけど」
リオは苦笑した。
「ただ、知らない自分の話を一気に聞くと、さすがにちょっと混乱する」
ノアの光が、やわらかく揺れた。
「……はい」
「ですが、きっとリオ様の中には、もうございます」
「忘れていても、消えてはおりません」
リオは剣の柄に軽く触れる。
忘れているのに、どこか馴染む感覚。
知らないはずなのに、手に残る動き。
それは剣だけの話ではないのかもしれなかった。
「じゃあ」
リオは少しだけ笑う。
「そのうち思い出すしかないのかな」
「はい」
ノアは答える。
「必要な時には、きっと」
その時だった。
成埜の地の奥から、空気がひときわ大きく揺れた。
さっきまで感じていた複数の魔気が、急にひとつの意志で束ねられたように濃くなる。
草がざわめき、
林の鳥が一斉に飛び立ち、
地の底を這うような重い気配がこちらへ流れてきた。
ノアの光が鋭く収束する。
「……来ます」
ゼルクたちの空気も、一瞬で張り詰める。
リオはゆっくりと前を向いた。
「今までのとは違うね」
「はい」
ノアの声も低い。
「明確に、知性のある気配です」
「知性」
サイラスが反応する。
次の瞬間、成埜の地の奥――
林と岩場の境から、数体の魔獣が姿を見せた。
だが、問題はその後ろだった。
魔獣たちが、まるで道を開けるように左右へ散る。
その中央から、ひとつの影がゆっくりと歩み出る。
人型。
だが人ではない。
黒ずんだ灰のような肌。
肩から揺れる、地を思わせる重い魔気。
瞳は濁っているはずなのに、不気味なほどはっきりとこちらを見据えていた。
そして――
その口が、ゆっくりと開く。
「……ほう」
低く、濁りのない声。
魔人は、リオを見て笑った。
「兵どもが騒ぐわけだ」
「獣ではなく、“妙なもの”が来たな」
成埜の地に、沈黙が落ちる。
リオは剣に手をかけたまま、その魔人を見返した。
話せる。
しかも、かなりはっきりと。
ただの魔獣ではない。
今まで斬ってきたものとは、明らかに格が違う。
「……そっちも」
リオが静かに言う。
「思ってたより、ちゃんと喋るんだね」
魔人の口元が、わずかに歪む。
「貴様ら人族は、言葉を持つものを見れば安心する」
「愚かなことだ」
その後ろで、従えている魔獣たちが低く唸った。
ゼルクたちも動かない。
約束通り、見届けるだけの構えだ。
ならば、ここから先は――
リオは小さく息を吸う。
知らない自分の話も、
夢導魔術のことも、
リーダーである理由も、
全部いったん脇に置いていい。
今はただ、
目の前にいるこの相手を越えることだけを考えればいい。
「ノア」
「はい」
「あとで、夢導魔術の話、もう一回ちゃんと聞かせて」
「はい。もちろんです」
リオは口元を少しだけ上げた。
「じゃあまずは――」
剣を、抜く。
「こっちを片づけようか」




