表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキルの【停止時能力アップ】実は世界最強でした  作者: 滝本りお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/137

穣天使(じょうてんし)・慈犁種(じりしゅ)

ギルドマスタールームの空気が、わずかに揺れた。


小さな魔虫の姿で浮かんでいたノアが、静かに前へ出る。


ヴァルが酒瓶を揺らしながら、にやりと笑う。


「リオ。」


リオが目を向ける。


「……なんだ。」


ヴァルは窓の外を顎で示した。


「見ていなさい。」


リュメリアも腕を組んだまま言う。


「瞬きしないことね。」


リオが眉をひそめる。


「何が起きる。」


ヴァルが笑う。


「起きるんじゃない。」


「終わるんだ。」


リオはまだ理解できない顔をしていた。


「……何を言ってる。」


サイラスが小さく息を呑む。


「その言い方……」


ゼルクも窓の方へ視線を向ける。


「一瞬で終わる、ということか。」


ヴァルが楽しそうに答える。


「そういうことだ。」


ノアは、ゆっくりと部屋の中央へ浮かぶ。


小さな光の粒が、静かに揺れる。


だが、その光の奥にあるものは、さっきまでとはまるで違っていた。


ノアが静かに言う。


「形態移行。」


一拍。


「《慈犁種》」


その瞬間。


部屋の光が変わった。


小さな魔虫の輪郭が、白金の火花になって弾ける。


羽が伸びる。


光が何層にも重なり、細い体が一気に組み変わる。


輪が生まれる。


翼が増える。


光の色が深くなる。


白金だったそれが、青白く、さらにその奥に淡い紫を帯びていく。


四天槍の1人が思わず椅子から腰を浮かせた。


「……っ!」


「また変わるのか!?」


サイラスが目を見開く。


「これで、まだ途中なのか……!」


ゼルクの額に汗がにじむ。


「圧が……増している。」


ノアの姿は、穣天使からさらに変質していた。


神々しい。


だが優しいだけではない。


そこには、刃のような静けさがあった。


翼の先端が細く鋭く変形し、背後に浮かぶ光輪は幾重にも重なり、まるで処刑具のような美しさを帯びている。


ラルラゴが、その姿を見て珍しく口を開いた。


「……ふ。」


部屋の全員が、思わずそちらを見る。


ラルラゴは腕を組んだまま、わずかに呆れたように言った。


「リオに、いい格好を見せたいのだな。」


リオが目を瞬かせる。


「……え?」


ラルラゴは続ける。


「あいつ。」


「気合いを入れすぎだ。」


リュメリアが吹き出した。


「やっぱりそう見える?」


ヴァルが腹を抱えて笑う。


「ははっ!」


「ノア、お前分かりやすすぎるぞ!」


ノアは一瞬だけ、ほんの少しだけ光を揺らした。


照れたのか、反応したのか分からない。


だが、その直後。


さらに巨大化した。


部屋の天井近くまで一気に膨れ上がり、翼が空間を埋める。


色も変わる。


白金。


青。


薄紫。


そして中心には、目が痛くなるほど鋭い純白。


リオは息を呑んだ。


「……ノア。」


その声には、驚きが混じっていた。


ずっと肩にいた、小さな家族。


その本当の力を、今初めて見ている。


ノアは振り向かない。


だが、その声だけはどこまでも柔らかかった。


「リオ様。」


「ご覧ください。」


次の瞬間。


ノアの姿が消えた。


ドンッ!!!


遅れて衝撃だけが残る。


窓が鳴る。


空気が震える。


サイラスが椅子を掴む。


「う、上だ!」


全員が窓の外を見た。


ノアは、もう王都の遥か上空にいた。


あまりにも速い。


目で追えない。


ただ、空に一本の光の線だけが残っている。


さらに上へ。


さらに高く。


雲を突き抜ける。


そして。


ノアが止まった。


世界の頂点に立つような高さで。


翼を広げる。


空が裂けるように開く。


リオが小さく呟く。


「……何をする気だ。」


ヴァルが笑う。


「だから言っただろ。」


「見ていなさい。」


リュメリアが静かに言う。


「瞬きしないで。」


ラルラゴは腕を組んだまま、窓の外を見ていた。


その目には、わずかな愉快さすらあった。


次の瞬間。


ノアが翼を閉じた。


その、一瞬後。


世界が光った。


――――。


音より先に、光が来た。


空。


地。


王都の壁。


遠くの平野。


さらにその向こうの外縁。


すべてが、真っ白になる。


白。


白。


白。


世界そのものが、光に呑まれた。


ほんの一瞬だけ。


だが、その一瞬で十分だった。


四天槍の1人が思わず目を覆う。


「うあっ……!」


サイラスが歯を食いしばる。


「な、何だこれは……!」


ゼルクも目を細め、窓辺を掴む。


「……見えない!」


リオも、思わず腕で目元をかばった。


ただの光じゃない。


圧がある。


浄化にも似た、だがそれ以上の何か。


世界そのものが、一度だけ“消毒”されたような、圧倒的な白。


そして。


光が引いていく。


少しずつ。


少しずつ。


視界が戻る。


輪郭が戻る。


空の青。


王都の壁。


外縁の平野。


その時だった。


四天槍の女剣士が、かすれた声を漏らす。


「……いない。」


サイラスが窓に手をつく。


「……全部。」


ゼルクの目が見開かれる。


「消えている……」


王都を包囲していたはずの魔獣の群れ。


空を埋めていた飛行型。


地を這っていた群れ。


外縁を埋め尽くしていた黒い波。


そのすべてが。


綺麗に。


跡形もなく。


消えていた。


リオは言葉を失う。


「……。」


ヴァルが酒瓶を揺らしながら笑う。


「終わったな。」


リュメリアも、小さく息を吐く。


「ほんと、一瞬。」


ラルラゴが静かに言う。


「気合いを入れすぎだ。」


その言葉に、空の高みから一筋の光が落ちてくる。


ノアだ。


部屋の前まで戻る頃には、すでに姿は穣天使から小さく縮まり、いつもの魔虫の形へ戻っていた。


ふわり。


何事もなかったように、リオの肩へ降りる。


部屋の中は静まり返っている。


誰も言葉を発せない。


ノアが、いつも通りの柔らかな声で言った。


「終わりました。」


沈黙。


リオはしばらく何も言えなかった。


そしてようやく、小さく呟く。


「……今の。」


「お前、いつも肩にいたやつだよな?」


ヴァルが吹き出す。


「ははっ!」


「その確認、今するのか!」


リュメリアも笑いをこらえる。


「分かるけどね、その気持ち。」


ノアは少しだけ光を揺らした。


「はい。」


「いつもの、わたくしです。」


サイラスが椅子にもたれたまま、呆然と言う。


「……あれで、いつもの。」


ゼルクが低く笑った。


「なるほど。」


「国家が余裕を見せるわけだ。」


四天槍の大男は、まだ青ざめたままだった。


「俺たちが死ぬ覚悟を決めていた外の脅威が……」


「今の一瞬で……」


ラルラゴは、もう興味を失ったように窓から目を外した。


「片付いた。」


「話の続きをするぞ。」


その一言で、また部屋の空気が変わる。


国家危機レベルの災害は、もう“済んだ話”として切り捨てられた。


リオは肩の上のノアを見る。


小さい。


可愛い。


いつもの光。


だが、その奥にあるものを今、はっきり知った。


リオはそっと指先でノアに触れた。


「……すごいな、お前。」


ノアは、嬉しそうに頬を赤らめながら光った。


「ありがとうございます…リオ様」


ヴァルがにやりと笑う。


「だから言ったろ。」


「見ていなさい、ってな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ