夢が記録されました
静かな夜だった。
書斎。
机の上には地図。
世界の各地に印がついている。
王国。
帝国。
砂漠国家。
海洋都市。
そのすべてを旅した男が、椅子に座っている。
リオ。
三十八歳。
かつて十八歳だった青年は、二十年の歳月を生き抜いた男になっていた。
机の上で、小さな光が揺れる。
ノアだ。
リオは静かに指を伸ばす。
「……今日も一緒だったな。」
ノアがぴこっと光る。
昔と同じ。
何も変わらない。
リオは小さく笑う。
「お前だけだ。」
「最初から最後まで。」
ノアが肩に乗る。
暖かい光。
リオは窓の外を見る。
星空。
長い人生だった。
戦争。
国。
剣。
魔術。
すべてが遠い昔のようだ。
リオはゆっくり息を吐く。
「……そろそろ。」
「休むか。」
その瞬間だった。
世界が揺れる。
ほんのわずか。
空気が歪む。
リオの眉が動く。
「……?」
次の瞬間。
頭の奥で、声が響いた。
「夢が記録されました。」
リオの体が止まる。
「……は?」
視界が暗くなる。
世界が崩れる。
椅子。
机。
窓。
星空。
すべてが黒に沈む。
リオが立ち上がる。
「待て……」
「これは――」
次の瞬間。
石の床。
冷たい空気。
巨大な空間。
羅螺蘭の間。
リオの呼吸が止まる。
「……っ。」
目の前。
三メートルを超える巨体。
椅子に座ったまま動かない存在。
ラルラゴ。
リオの心臓が激しく鳴る。
「……羅螺蘭の間……?」
リオが自分の手を見る。
若い。
十八歳の手。
だが。
剣を握る感覚は。
二十年のそれだ。
リオの呼吸が荒くなる。
「……待て。」
「待て待て待て。」
「俺は……」
「二十年……」
リオがラルラゴを睨む。
声は低い。
三十八歳の男の声だった。
「……どういうことだ。」
ラルラゴは静かに言う。
「終わったか。」
リオの眉が震える。
「終わった……?」
ラルラゴは淡々と答える。
「四十時間だ。」
沈黙。
リオの思考が止まる。
「……は?」
ラルラゴは続ける。
「お前が倒れてから。」
「現実では四十時間。」
リオの顔がゆっくり歪む。
「ふざけるな……」
声が低くなる。
「俺は二十年生きた。」
「全部覚えてる。」
「戦争も。」
「国も。」
「剣も。」
「魔術も。」
リオは胸を叩く。
「ここにある!」
「全部だ!」
「それが四十時間だと!?」
羅螺蘭の間に怒声が響く。
ラルラゴは静かに言う。
「夢記録。」
「お前の初期スキル。」
リオの呼吸が荒くなる。
「……夢だと?」
ラルラゴは首を振る。
「夢ではない。」
「記録だ。」
ラルラゴが続ける。
「脳。」
「肉体。」
「魂。」
「すべてに刻まれている。」
リオが拳を握る。
その瞬間。
ゴンッ。
床の石が砕けた。
リオが自分の拳を見る。
「……は?」
ラルラゴが言う。
「40時間。」
「停止していた肉体。」
「停止時能力向上。」
「最大解放。」
リオが呟く。
「……二重強化……」
ラルラゴは頷く。
「そうだ。」
リオは深く息を吐く。
呼吸が整う。
完全に落ち着く。
38歳の男の呼吸だ。
ラルラゴが言う。
「だが。」
「まだ甘い。」
リオの眉が動く。
ラルラゴが続ける。
「現実世界でも。」
「20年経過してもらわないとな。」
沈黙。
リオの顔が固まる。
「……は?」
ラルラゴは言う。
「夢記録。」
「時間倍率。」
「40倍。」
リオの思考が止まる。
ラルラゴが続ける。
「現実20年。」
「夢記録では。」
「約800年。」
沈黙。
羅螺蘭の間が静まり返る。
リオの口がゆっくり開く。
「あ?」
「……800年?」
「何を言っている。」
その瞬間。
ラルラゴが立ち上がる。
三メートルの影。
ゆっくりリオに近づく。
ラルラゴは指を立てた。
そして。
リオの額を。
ぴん。
次の瞬間。
ドンッ!!!
リオの体が光の速度で吹き飛ぶ。
天井。
激突。
骨が砕ける。
バキバキバキッ!!
口からドス黒い血が噴き出す。
体がぐちゃぐちゃに歪む。
そのまま。
床へ落下。
血が広がる。
リオの視界が揺れる。
呼吸ができない。
骨は粉々。
体は動かない。
リオがかすれた声で呟く。
「……な……」
「にが……」
「起きて……」
視界が暗くなる。
最後に聞こえた声。
ラルラゴ。
「始める。」
「八百年だ。」
意識が落ちた。
世界が沈む。
闇。
静寂。
そして――
夢記録世界。
ここから。
800年の人生が始まる。
同時に。
現実世界では。
20年間の停止強化。
停止時能力向上が。
最大限まで引き出されていく。




