羅螺蘭の間の入口
地下深層には、戦うための場所と、触れてはいけない場所がある。
その違いは強さではなく「意味」だ。羅螺蘭の間は強い魔物の巣ではない。そこは“理由があって封じられている場所”。だからこそ、SSギルドですら踏み込まない。
第六階層。
長い通路の先。
巨大な石扉が、静かに佇んでいた。
扉の高さは十メートル近い。
古い。
だがただ古いだけではない。
表面には無数の魔術刻印が刻まれている。
その中央に、深く彫られた文字。
羅螺蘭の間
リオはその文字を見上げたまま立ち止まった。
「……ここが。」
ガルヴァンが肩を回す。
「そうだ。」
ドレクスが腕を組む。
「ヴァルのじいさんが言ってた場所だな。」
リュメリアは軽く笑う。
「“絶対に入るな”ってやつね。」
リオはゆっくり振り返る。
「……入らないんですよね?」
沈黙。
カイゼルが扉の前まで歩いた。
そして静かに言う。
「入らない。」
リオは少し安心したように息を吐いた。
「よかった……。」
だが。
カイゼルは続ける。
「俺たちはな。」
リオの表情が止まる。
「……え?」
レオンが目を伏せた。
ガルヴァンが壁にもたれかかる。
ドレクスは腕を組んだまま動かない。
リュメリアだけが、いつも通りの軽い声で言う。
「ほら。」
「分かるでしょ?」
リオの背中に冷たいものが走った。
「……何がですか。」
カイゼルが振り返る。
その目は、もう完全に任務の顔だった。
「お前が入る。」
リオの顔から血の気が引いた。
「……え?」
ガルヴァンが淡々と言う。
「一人でな。」
「な、なんで……。」
ドレクスが言う。
「理由は簡単だ。」
「この中にいる奴に殺されるからだ。」
リオの膝がわずかに震えた。
「……は?」
リュメリアが肩をすくめる。
「まあ、そういうこと。」
「生きて帰れるかな?」
少し考えるふりをして。
「うーん……。」
「無理に決まってるか。」
ガルヴァンが低く笑う。
「ははっ。」
「そうだな。」
レオンは何も言わない。
ただリオを見ている。
リオは一歩後ろへ下がった。
「ま、待ってください。」
「冗談ですよね?」
誰も答えない。
カイゼルがゆっくり言った。
「冗談ではない。」
リオの声が震える。
「なんで……。」
「なんでそんなこと……。」
カイゼルは静かに答えた。
「SSSになるためだ。」
リオは理解できない顔をする。
「……SSS?」
カイゼルの声は冷静だった。
「SSギルドは、このままでは限界だ。」
「俺たちはSSランク。」
「だが、それでは足りない。」
ガルヴァンが笑う。
「俺たちはな。」
「SSSギルドになる。」
ドレクスが続ける。
「そのためには、強くなるしかない。」
カイゼルが言う。
「未来の脅威は潰す。」
「自分たちを超える芽も潰す。」
リオの目が揺れる。
「……僕が。」
ガルヴァンが答える。
「そうだ。」
「お前だ。」
リオは必死に言葉を探す。
「いや……でも……。」
「僕……。」
「皆さんと一緒に戦って……。」
ドレクスが冷たく言う。
「それが何だ。」
「それは任務だ。」
ガルヴァン
「そして今も任務だ。」
リオの呼吸が乱れる。
「やめてください……。」
「お願いです……。」
リュメリアが軽い声で言う。
「そんな顔しないで。」
「どうせすぐ終わるわ。」
「たぶん一撃で死ぬと思うし。」
リオの目に涙が溢れる。
「……なんで。」
「なんでこんなこと……。」
レオンが小さく息を吐いた。
だが何も言わない。
カイゼルが扉を見上げる。
「ここで何が起きたか。」
「知りたいか?」
リオは震える声で言う。
「……知りたくないです。」
カイゼルは構わず話し始めた。
「この部屋に入った者は。」
「誰も生きて帰っていない。」
リオの心臓が跳ねる。
「……。」
カイゼルは続ける。
「もっとも。」
「お前で三人目だがな。」
リオが顔を上げる。
「……三人?」
ガルヴァンが言う。
「一人目はSSランクの冒険者。」
ドレクスが続ける。
「二人目は王国の騎士団長。」
リュメリアが軽く笑う。
「どっちも戻ってきてない。」
カイゼル
「つまり。」
少し間を置く。
「お前も戻らない。」
沈黙。
リオは膝をついた。
「……助けてください。」
誰も動かない。
「お願いします……。」
涙が落ちる。
「僕……死にたくない。」
ガルヴァンが目を逸らす。
ドレクスは無表情。
リュメリアは壁に寄りかかる。
レオンだけが動いた。
ほんの一歩だけ。
そして。
リオの横を通る瞬間。
誰にも聞こえないほどの声で言う。
「……何もするな。」
リオの目がわずかに動く。
レオンはそのまま通り過ぎた。
そして元の位置へ戻る。
何もなかったように。
カイゼルが言う。
「もう時間だ。」
リオの肩が震える。
「……やだ。」
「やだ……。」
「助けて……。」
その時。
リオの胸の奥で、何かが微かに震えた。
夢記録。
だが。
今のリオには、それを感じる余裕などなかった。
ただ泣きながら、扉を見る。
巨大な扉。
羅螺蘭の間。
カイゼルが最後に言った。
「もう話すことはない。」
「どうせお前はここで命を絶つ。」
ガルヴァンが扉に手をかける。
ゴゴゴゴ……
扉が開き始める。
闇が広がる。
リオの声が震える。
「……いやだ。」
「いやだ。」
「いやだ……!」
誰も止めない。
扉が完全に開いた。
カイゼルが指を向ける。
「行け。」
リオは絶望した目で、暗闇を見た。
その奥で。
誰かが、静かに待っている。




