酒場の火種
夜。
カザールの酒場。
灯りは少し暗い。
酒と肉の匂い。
冒険者たちの笑い声。
隅の席。
レオンが静かに酒を飲んでいる。
ここ数日
同じ時間。
同じ席。
同じ酒。
観察。
視線はさりげなく
酒場の入口へ向いている。
扉が開く。
ギィ……
入ってきたのは老人。
曲がった背中。
古い外套。
腰には一本の剣。
ヴァル・グレン。
酒場の空気が少し緩む。
マスター
「おう、ヴァル。」
ヴァル
「酒だ。」
マスター
「今日は機嫌いいな。」
ヴァルは椅子に腰を下ろす。
レオンの斜め隣。
そして
ふいに振り向く。
ヴァル
「おい、にいちゃん。」
レオンの手が止まる。
ヴァル
「最近よく見かけるな。」
レオンは少しだけ笑う。
「そうですか。」
ヴァル
「ああ。」
「昼も森にいる。」
「夜もここだ。」
酒を一口。
「働き者だな。」
レオン
「ただの依頼ですよ。」
ヴァル
「ほう。」
「Bランクで西の森か。」
レオン
「危険ですか?」
ヴァルは肩をすくめる。
「危険じゃない森なんて」
「この世界にあるか?」
マスターが笑う。
「違いねえ。」
酒が置かれる。
ヴァルはぐっと飲む。
「いい酒だ。」
少し間。
ヴァルが言う。
「弟子がな。」
レオンは黙って聞く。
ヴァル
「最近取った。」
マスター
「珍しいな。」
ヴァル
「俺が人を育てるのは」
「久しぶりだ。」
レオン
「強いんですか。」
ヴァルは少し笑う。
「強くなる。」
「間違いなくな。」
マスター
「リオだろ?」
ヴァル
「ああ。」
「まだEランクだが」
酒を飲む。
「化ける。」
レオン
「どれくらい。」
ヴァルは少し天井を見る。
そして言う。
「騎士団長くらいにはなる。」
マスターが吹き出す。
「言いすぎだろ!」
ヴァル
「そうか?」
マスター
「白聖騎士団の団長だぞ。」
ヴァル
「知ってる。」
「だが」
少し間。
ヴァル
「あいつは行く。」
レオンは静かに聞いている。
ヴァルは酒を回しながら言う。
「ちなみに」
「今の騎士団長の前」
「名誉公爵だった男」
マスター
「アルドラン公か?」
ヴァル
「そうだ。」
「十八年前の団長。」
レオンの目が少し動く。
ヴァルは何気なく言う。
「俺の弟子だ。」
沈黙。
マスター
「また始まった。」
ヴァル
「本当だ。」
マスター
「お前の弟子は世界中にいるな。」
ヴァル
「たまにしか教えん。」
「だが」
「リオは違う。」
レオン
「何が。」
ヴァルは少し笑う。
「素質だ。」
酒を飲む。
「俺は長く生きてる。」
「強いやつは見ればわかる。」
レオン
「……」
ヴァル
「あいつは」
「まだ小さい。」
「だが」
「伸びる。」
少し間。
ヴァルは言う。
「騎士団長より」
「上に行くかもしれん。」
マスター
「酔ってるな。」
ヴァル
「酔ってない。」
レオンは酒を飲む。
そして静かに言う。
「面白い話だ。」
ヴァル
「だろ?」
酒場の笑い声。
肉の匂い。
ただの世間話。
しかし
レオンの頭の中では
一つの言葉が残る。
騎士団長より上。
芽。
危険な芽。
レオンは静かに酒を置く。
「また話を聞かせてください。」
ヴァルは笑う。
「いつでも来い。」
「酒はうまい方がいい。」
夜は更ける。
その夜から
二人は
酒場で
よく話すようになる。




