剣を持たない剣術
洞穴の奥。
リオは岩壁に背中を打ちつけたまま、顔をしかめていた。
「い、いきなりですか!?」
少し離れた場所で、ヴァル・グレンが立っている。
何事もなかったかのような顔だ。
「修行とはそういうものだ」
リオは立ち上がる。
背中をさする。
「痛い……」
ノアが心配そうに小さく光る。
ヴァルはリオを見る。
「剣を出せ」
リオは慌てて腰の剣を抜く。
「はい!」
ヴァルはそれを見ると、手を伸ばした。
「貸せ」
リオは差し出す。
ヴァルは剣を受け取ると――
洞穴の奥へ放り投げた。
カンッ
カラン……
金属音が暗闇に消える。
リオは固まる。
「え?」
ヴァルは平然と言う。
「今日の修行」
「剣は使わん」
リオ
「ええ!?」
ヴァルは腕を組む。
「剣術とは」
「剣を振ることではない」
リオは首をかしげる。
「え?」
ヴァルは地面を軽く叩く。
トンッ
「立ち方」
「足」
「距離」
「それが剣術だ」
リオはまだ理解できない。
「でも」
「剣がないと」
ヴァルは一歩踏み出す。
その瞬間。
リオの体が自然に後ろへ下がる。
ヴァルは止まる。
「今のだ」
リオ
「え?」
ヴァルは言う。
「わたしが一歩進んだ」
「お前は一歩下がった」
「なぜだ」
リオは戸惑う。
「えっと……」
「なんとなく」
ヴァルは頷く。
「それが剣術だ」
リオ
「え?」
ヴァルは洞穴の床に線を引く。
石でガリッと。
「ここに立て」
リオは線の上に立つ。
ヴァルは三歩離れる。
「いいか」
「今からわたしは近づく」
「触られたら負けだ」
リオ
「え?」
ヴァル
「逃げるな」
リオ
「え?」
ヴァル
「剣もない」
リオ
「え?」
ヴァル
「始める」
次の瞬間。
ヴァルが歩く。
一歩。
リオが動く。
右へ。
ヴァルが止まる。
「遅い」
次の瞬間。
ヴァルがもう一歩。
リオが慌てて下がる。
ドン
岩壁。
リオ
「しまった!」
ヴァルの手がリオの肩に触れる。
トン
「負けだ」
リオ
「早い!」
ヴァルは腕を組む。
「もう一度」
リオ
「はい!」
ヴァル
「構えろ」
リオは深呼吸する。
ノアが肩で光る。
ヴァルがまた歩く。
一歩。
リオが横へ動く。
二歩。
距離が縮む。
三歩。
ヴァルの手がまた肩に触れる。
「負け」
リオは頭を抱える。
「無理です!」
ヴァルは静かに言う。
「無理ではない」
洞穴を指す。
「お前はここまで生きてきた」
「それが証拠だ」
リオは息を整える。
「もう一回」
ヴァルは頷く。
「いいだろう」
そして言う。
「今度は」
「目を閉じろ」
リオ
「え?」
ヴァル
「剣士は」
「目で戦わない」
洞穴の静寂。
リオはゆっくり目を閉じる。
暗闇。
足音。
ヴァルの声。
「感じろ」
「空気を」
「足音を」




