目指す場所
洞穴の奥で、リオは岩壁に背中を預けて息を整えていた。
肩の上では、ノアが小さく淡い光を揺らしている。
少し離れた場所に、ヴァル・グレンが立っていた。
「一度休め」
静かな声だった。
リオは思わず顔を上げる。
「え? 休んでいいんですか?」
ヴァルは洞穴の奥へ視線を向けたまま言う。
「修行ばかりでは頭が鈍る」
リオは苦笑した。
「さっきまで、ずっと殴られてた気しかしないんですけど……」
ヴァルはその言葉を聞かなかったことにしたらしい。
しばらく沈黙が落ちたあと、唐突に口を開く。
「SSギルドのことは知っているか?」
リオはすぐにうなずいた。
「もちろんです。知らない冒険者の方が少ないと思います」
ヴァルがゆっくりと振り向く。
「目指しているのか?」
その問いに、リオはすぐには答えなかった。
洞穴の湿った空気が、妙に静かに感じられる。
やがて、リオは少しだけ笑った。
「……目指したい、です」
少し間を置いて、続ける。
「冒険者なら、たぶん誰だって一度は考えると思います」
ヴァルは何も言わない。
ただ、先を促すように見ている。
リオは視線を少し落とした。
「でも、僕は弱いです」
肩の上で、ノアがかすかに光る。
リオは手を握った。
「Eランクですし、ネオスライムだって結局はたまたま倒れただけで……胸を張って、自分は強いなんて言えません」
ヴァルは黙って聞いていた。
リオは洞穴の天井を見上げる。
「SSギルドなんて、遠すぎます」
苦笑する。
「空みたいに」
ヴァルは、その言い方に少しだけ笑った。
「そうか」
洞穴の壁を軽く叩く。
こん、と乾いた音が響く。
「では質問だ」
リオは顔を上げる。
ヴァルの声は、静かだった。
「もし、お前にSSギルドの一人へ届く剣を教えてやると言ったら――それでも目指すか」
リオは固まった。
「……え?」
ヴァルの目は変わらない。
試すようでもあり、本気でもある目だった。
「目指すか」
洞穴の空気がぴんと張る。
リオはしばらく黙っていた。
拳を握る。離す。もう一度握る。
それから、はっきりと言った。
「……はい」
ヴァルが問い返す。
「弱いのにか?」
リオは少しだけ笑った。
「弱いからです」
ヴァルの目が、わずかに細くなる。
リオは続けた。
「強くなりたいんです。自分のためだけじゃなくて、守りたい人がいるから」
その言葉のあと、洞穴の奥を風が抜けていった。
ヴァルはしばらく黙っていた。
やがて、小さく言う。
「そうか」
次の瞬間。
ヴァルが剣を抜いた。
しゃっ、と金属音が洞穴の中を裂く。
リオは思わず身をこわばらせる。
「え?」
だがヴァルは、その剣を振るわなかった。
代わりに、リオの前へ放る。
かんっ、と音を立てて剣が落ちる。
「立て」
「え?」
「次から、本当の修行だ」
リオは慌てて剣を拾い上げた。
柄を握る手が、わずかに震えている。
ヴァルは静かに言う。
「SSギルドを目指すなら、生半可では死ぬ」
洞穴のさらに奥へ、ちらりと目を向ける。
「だから、ここから先は優しくしない」
リオは剣を握ったまま、小さく息を呑んだ。
けれど、不思議と逃げたいとは思わなかった。
怖い。
でも、それ以上に、胸の奥が少し熱かった。
洞穴の空気が変わる。
少年の修行は、次の段階へ進んだ。




