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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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廃・中和式

裂けた空の層の向こうで、雲が真っ二つに割れたまま、しばらく閉じなかった。


光が一本、落ちている。

風はまだ暴れている。

でも、その中心でリオだけは、不思議なくらい静かだった。


セラフィス=ルーガの目が、細くなる。


「入口を……一度で」


「だから言っただろ」

ザルクスが笑う。

「見どころあるって」


「見どころ、だと」

セラフィスの声が低くなる。

「その者は、ただの同行者ではないな」


ザルクスが、ここでわざとらしく肩をすくめた。


「あ、言ってなかったか」


リオが横目で嫌な予感を覚える。


ザルクスはにやりと笑った。


「仲間って言ったけど、ちなみに」

「うちのリーダーな」


沈黙。


空の風が、ほんの一拍だけ遅れた。


セラフィスの瞳が、はっきりと揺れる。


「……何」


「何って?」

ザルクスは楽しそうだった。

「言葉通りだよ」


セラフィスは、今度こそ真正面からリオを見る。


その視線の温度が変わった。


ただの若造。

ただの新顔。

ただのザルクスの連れ。


その見方が、今ここで音を立てて崩れたのが分かる。


「ラルラゴを、超える者か」


その問いは低かった。

だが、その中にはただの驚きではなく、警戒と、理解したくない納得が混ざっていた。


ザルクスが笑う。


「そりゃ、リーダーだもんな」


リオが眉を寄せる。


「お前さ」

「なんでそういう言い方で火に油注ぐの」


「面白いから」

「最悪だな」


セラフィスの翼が、そこでさらに開く。


風が変わる。


今度は“流れ”ではない。

圧縮だ。


上から落ちる風。

横から押し込む風。

足元を払う風。

それが一つ一つ別の意思を持っているみたいに、リオへ殺到する。


「っ!」


リオの髪が浮く。

視界の端が軋む。

空の入口の試しではない。


セラフィスは本気を出し始めていた。


「ならば」

「見せてもらおう」


その声が響くと同時に、空の層が三重に折れた。


上。

右。

正面。


違う位置から、違う速度で、違う風圧が来る。

しかも見えている軌道と、本当に通る軌道が一致していない。


リオは反射で圧戰を振るった。


一本。


裂く。


上の風層が切れる。


二本目。


横を断つ。


右の圧縮が薄くなる。


三本目――


「……っ」


遅い。


正面から来た見えない塊が、リオの胸元をかすめた。


ぐらり、と身体が持っていかれる。


後退。

だが、転ばない。


ザルクスが後ろで笑う。


「いいねえ」

「今のでも落ちねえか」


「見てるだけかよ!」


「今はな」


セラフィスは、もう笑っていなかった。


「不完全」

「だが、危うい」


「褒めてるのか?」

と、リオ。


「警戒している」

セラフィスははっきりと言う。

「地の魔神が」

「ラルラゴが」

「その若さの者をリーダーとする理由が、少しだけ見えた」


その言葉に、リオの胸の奥が熱くなる。


でも同時に、違和感もあった。


今の戦いは、圧真でも圧戰でも対応できている。

だが、それだけでは足りない気がする。


空の層を切る。

風を読む。

それは確かに父側に近い。


絶彗呪結を張れば、正面からの災厄は拒める。

それは母側に近い。


でも――


「違う……」


リオの口から、小さく声が漏れる。


ザルクスの目が、少しだけ細くなる。


「ん?」


セラフィスの風が、また一段強くなる。


だが、リオの意識は別のところに触れ始めていた。


父じゃない。

母じゃない。


もっと曖昧で、もっと気味が悪い、でも確かに自分のものだと分かる何か。


相反する二つを、無理やり一つへ通した時にだけ生まれる感覚。


魔と聖。

相殺ではない。

融合でもない。

もっと、捨てるような。

削るような。

混ざりきらないまま、世界の側を狂わせるような――


「……これ」


頭の奥で、知らないはずの術式名が浮かぶ。


リオの瞳がわずかに揺れる。


「……廃」


セラフィスの風が、そこで一瞬だけ乱れた。


ザルクスの口元がゆっくり吊り上がる。


「お」


リオは、右手も左手も上げない。


ただ、目の前の空間へ意識を差し込んだ。


父側の圧。

母側の定め。


その両方を、正しく使わない。

綺麗にも混ぜない。

むしろ、互いを傷つけ合わせるように、一瞬だけ噛み合わせる。


「……中和」


その瞬間。


セラフィスの正面にあった風層が、音もなく腐った。


「――何」


空気の色が変わる。


透明だったはずの風が、わずかに灰色を帯び、そこだけ空の支配から外れたみたいに崩れ落ちる。


リオの喉から、はっきりと言葉が落ちた。


「廃・中和式」


ザルクスが、楽しそうに声を漏らす。


「やっぱり出たか」


セラフィスの表情が、初めて完全に変わる。


「それは……!」


今度はセラフィスの翼の先から放たれた風刃が、リオへ三本飛ぶ。


リオは避けない。


代わりに、その前方へ“廃・中和式”をもう一度差し込む。


風刃が、そこで形を失った。


切れるのではない。

弾かれるのでもない。

ただ、“空の術式として成立できなくなる”。


セラフィスが、明らかに一歩退く。


「馬鹿な」

「魔と聖を、あの形で……」


リオ自身も、息を呑んでいた。


分かる。

これは父の力でも、母の力でもない。


その両方を持ってしまった“自分”だからこそ噛み合う、歪な術だ。


完成された奇跡じゃない。

むしろ、綺麗じゃない。


だからこそ強い。


ザルクスが低く笑う。


「それだよ、リオ」

「それがお前自身の術だ」


リオの頭の奥に、さらに別の言葉が落ちる。


術式名ではない。

もっと現象に近い。

その結果、世界に起こる“形”の名前。


堕使。


その一語と同時に、廃・中和式で崩れた風層の奥から、黒白の羽根のようなものが一瞬だけ生まれた。


天使にも見える。

魔にも見える。

でも、どちらでもない。


落ちる光。

堕ちた使い。

矛盾したまま成立した、異形の一瞬。


セラフィスの顔色が、そこで変わった。


「……堕使、だと」


リオは、自分でもその言葉に息を止めた。


「……知ってるのか?」


セラフィスは答えない。

代わりに、翼を大きく広げた。


風が荒れ狂う。


だがもう、さっきまでの“試し”ではない。

明確な警戒。

いや、畏れに近いものが混ざっている。


ザルクスは、その反応を見てにやりと笑った。


「なるほどな」

「お前ら、そっちは知ってんのか」


「地のガイア……!」

セラフィスの声が低くなる。

「なぜ、それを今ここで」


「今ここで出るのが、おもしれーからだろ」

「貴様……!」


リオは、まだ前を見たまま、小さく息を整えた。


胸が熱い。

頭も少し痛い。

でも、今までのどの力よりも、“自分のもの”に近い。


父の断つ力。

母の定める力。

そのどちらでもない。


そのどちらも持ってしまった、自分だけの術。


「……リオとして、か」


思わず、そう呟いていた。


父の記憶じゃない。

母の面影でもない。


今のこれは、自分が取り戻し始めている**“リオの戦い方”**そのものだ。


ザルクスが、楽しそうに、それでいて少しだけ懐かしそうに笑う。


「そうだ」

「やっと、お前本人が戻ってきた」


空の入口で。

風の層が乱れ。

空の副翼が初めて本気で構える中。


リオは、ようやく“自分自身”の術へ手をかけ始めていた。

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