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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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魔の住人 グロウ=ザルハド

大聖堂の高い天井の下。

割れた長椅子の木片が、まだ床を転がっている。


リオの前に立つそれは、ゆっくりと首を傾けた。


黒褐色の外殻。

深緑の鈍い光を帯びた、地殻のような層。

肩から伸びるねじれた骨角。

顔の半分は人の輪郭を残し、もう半分は割れた仮面のように崩れている。


見えている片眼だけが、爛々とした金黒で縦に裂けていた。


足元には、影ではなく泥のような黒い輪が広がっている。

そこだけ、大聖堂の白い石床が静かに沈んでいた。


「……なんだ、こいつ」


リオの声は低い。


ザルクスは、横で少しだけ楽しそうに笑った。


「分類不能」

「今の王国の表に載ってる魔族のどれにも、きっちりは当てはまらねえ」


それは、ゆっくりと口を開いた。


声は低い。

だが腹ではなく、もっと奥――地の底の方から響いてくるような声だった。


「久しいな」

「ザルクス=ガイア」


ザルクスは肩をすくめる。


「そうでもないだろ」

「お前、ここ数年で何回か来てたしな」


それの金黒の瞳が、わずかに細まる。


「……変わらぬ軽薄さだ」


「お前も相変わらず硬ぇな」

ザルクスは笑った。

「だから肩凝るんだよ」


「貴様と同列に語るな」


その瞬間、空気が重く沈む。


リオは分かる。

今のは威圧だ。

言葉そのものに、圧が乗っている。


ただ怒っているだけじゃない。

この存在の言葉は、それだけで周囲の魔気を押し潰す。


「名前は?」

と、リオが問う。


それは、ゆっくりと顔を向けた。


「我が名は」

「グロウ=ザルハド」


大聖堂の中で、その名だけが不自然に重く響いた。


ザルクスが、リオへ軽く顎をしゃくる。


「深環の外縁から来た、面倒なやつだ」


グロウ=ザルハドが、続ける。


「我は、この土地より先にある」

「深環の外縁 より来た」


リオの目が細くなる。


「深環の外縁……」


「貴様らが今、足場としているこの地」

「その開拓は許されぬ」


「許されない?」

リオが聞き返す。


グロウは頷きもせず言った。


「我の意思ではない」

「さらに上からの意思だ」


ザルクスが、そこでふっと笑う。


「またそれか」


グロウの視線が鋭くなる。


「その御名を、軽く扱うな」

「御名、だと?」


グロウの片眼が、わずかに深い色を宿した。


「その御名は――」


わずかな間。


「【羅螺蘭】様」


大聖堂の空気が、そこでぴたりと止まった。


リオの喉がわずかに動く。


羅螺蘭。

その響きに、ただならぬ何かがある。

しかもザルクスの反応が、完全な初耳のものではない。


「……知ってるんだな」

と、リオ。


「知ってるさ」

ザルクスは笑みを消さずに言う。

「知ってるし、うんざりもしてる」


グロウの声が低く落ちる。


「ザルクス」

「貴様は長く単独で抗ってきた」

「だが、その時間は終わる」

「この地は閉ざされねばならぬ」


ザルクスは、そこでようやく真正面からグロウを見た。


その目は笑っているのに、奥だけが冷たい。


「俺はもう一人じゃないんだぞ」


「……何?」


「今はリオがいる」

ザルクスは一本、指を立てる。

「第一地区にはラルラゴ」

「王都にはリュメリア」

「第二地区にはヴァルとノア」


ゆっくり、肩を回す。


「意味わかるか?」


グロウが黙る。


ザルクスの口元が、にやりと歪む。


「俺みたいな奴らが、あと四人もいるんだよ」


その言葉は、冗談ではなかった。


リオですら、少しだけぞくりとした。

ザルクス自身を基準に“あと四人もいる”と言い切る、その物言いの異常さに。


グロウの片眼が、初めてほんのわずかに揺れる。


ザルクスは続けた。


「俺一人に苦戦してたお前が」

「目の前にいるリオ一人にすら勝てない」


「……ほう」

グロウの声が、少し低くなる。

「その若造がか」


「ちなみに」

ザルクスは笑ったまま言う。

「リオは今、絶賛昔の記憶がなくて、それを取り戻そうと成長中だ」

「今のお前なら、まあ……勝てるかもな」


リオが、横目でザルクスを見る。


「煽るねえ」


「煽ってる」

ザルクスは即答する。


グロウの泥の輪が、足元で広がった。


「……あ?」

「何だと」


その瞬間だった。


大聖堂の床一面に、鈍い亀裂が走る。


ごご、と低い音が鳴る。

空気が重くなる。

グロウの背後に、見えない何かが層のように立ち上がる。


リオはそこで、初めて完全に戦闘の顔になった。


剣に手はかける。

でも抜かない。

前のダンジョンで思い出しかけた感覚が、もう身体の奥で温まっている。


グロウが、リオを見た。


その眼差しには、敵意だけじゃないものが混じっていた。


値踏み。

試し。

そして、ほんのわずかな期待。


「若造」

「貴様、ただの器ではないな」


リオは、小さく息を吐いた。


「そっちこそ」

「ただの敵って感じじゃない」


ザルクスが、二人の間から少しだけ退く。


「よし」

「肩慣らしにはちょうどいい」


「お前が言うな」

と、リオ。


「お前に言ってる」

と、ザルクス。


グロウ=ザルハドが、ゆっくりと両腕を広げる。


その動きに合わせて、大聖堂の白い床石が黒く染まり始めた。

土でも影でもない。

もっと深い“地の下の意思”が、石の隙間から滲み出してくる。


「ならば見せよ」

「ザルクスが、そこまで言う理由を」


リオは、そこでようやく剣から手を離した。


「……いいよ」


静かに、一歩前へ出る。


「ちょうど、試したかったところだ」


その瞬間。


ザルクスの口元が深く吊り上がる。


「始めろよ、リオ」


高い大聖堂の天井の下。

まだ誰の祈りも満ちていないその場所で、

次の胸熱戦闘が、静かに火を噴こうとしていた。

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