森からの帰り道
魔虫は、まだ弱々しかった。
手のひらほどの体。
薄い殻。
僕の肩の上で、静かに羽を震わせている。
「……ほんとに来るの?」
森の奥に帰るかと思ったけど、
まったく離れようとしない。
僕は苦笑する。
「まあ、いいか」
薬草の袋を背負い直して
街へ向かって歩き出す。
森の出口に近づくと
小さな川が流れている場所に出る。
いつもはただ通り過ぎるだけの場所だ。
その川のほとりの大きな木。
その影の奥で――
一人の老人が立っていた。
古い外套。
少し曲がった背中。
腰には一本の剣。
老剣士
ヴァル・グレン
しかしリオは気づかない。
ヴァルは腕を組んで
こちらを見ていた。
視線はリオではなく
肩の上の魔虫
ヴァルは小さく呟く。
「……ほう」
目が細くなる。
「それを拾ったか」
魔虫は一瞬だけ
ヴァルの方を見た。
その瞬間
ほんのわずかに
空気が揺れる。
ヴァルの口元が少し上がる。
「面白い」
「実に面白い」
そしてゆっくり背を向ける。
「やはり運命というものは
奇妙なものだな」
リオはその存在に気づかないまま
川を渡って街へ向かう。
街の入口
聖都アルセリオンの門が見えてくる。
門の横には露店が並び、
夕方の市場はまだ賑わっている。
八百屋のおばさんが声をかける。
「リオ!」
僕は手を振る。
「こんにちは」
「また森かい?」
「はい、薬草採集です」
おばさんが笑う。
「真面目だねぇ」
するとおばさんが気づく。
「……あれ?」
「肩のそれ何だい?」
僕は肩を見る。
魔虫。
「あー……」
どう説明しようか悩む。
「森で怪我してて」
「助けたらついてきちゃって」
おばさんが目を丸くする。
「魔物じゃないのかい!?」
僕は慌てて言う。
「弱い魔虫ですよ」
「危なくないです」
魔虫は静かに羽を震わせる。
おばさんは少し考えてから笑う。
「まあリオなら大丈夫か」
「昔から変なもの拾う子だったし」
僕は苦笑する。
「そんなことないですよ」
市場の人たちも声をかけてくる。
「リオ!」
「今日も森か!」
「ちゃんと飯食ってるか!」
この街では
僕はそれなりに知られている。
強いわけじゃない。
でも
よく人を助けるから。
リオの家
家は街の外れにある。
小さな木の家。
中に入ると
魔虫が部屋を見回す。
机。
剣。
本。
僕は椅子に座る。
魔虫は机の上に降りた。
改めて見ると
まだ小さい。
殻も薄い。
「……ほんと弱そうだな」
魔虫はじっとこちらを見る。
僕は笑う。
「一緒に住むなら」
「名前くらい必要だよな」
少し考える。
「魔虫……じゃ可哀想だし」
魔虫は羽を震わせる。
僕は指を立てる。
「よし」
「お前の名前は――」
「ノアだ」
魔虫は少しだけ光る。
小さな羽が震える。
嬉しいのかもしれない。
僕は笑う。
「よろしくな」
「ノア」
その夜。
小さな魔虫は
リオの机の上で眠った。




