繋がる断片
ザルクス=ガイアが、まるで前からそこにいたみたいな顔で長机の端に座っている。
その異様さに、場の空気はまだ追いついていなかった。
グレイランの若い連中は「ザル兄」だの「串まだ食う?」だの普通に話しかけているのに、
絶騎士団も、ヴェルド・クレストも、セルディアの一団も、誰一人まともに口を挟めずにいた。
そんな中で、最初に口を開いたのはラルラゴだった。
「……この数年、よくやったな」
その一言に、場の空気が少しだけ変わる。
軽口でも、皮肉でもない。
ちゃんとした労いだった。
ザルクスは、少しだけ目を細めた。
「おう」
「まあな」
ヴァルが杯を揺らす。
「天該から食らった《天縁断界》つきで、よく腐らなかったもんだ」
グレイランの者たちが「何それ」とざわつく。
リオも目を向ける。
ラルラゴが短く言う。
「リオを庇い、守るために“あれ”をやった」
「その報いだ」
ノアの光が静かに揺れる。
天該。
それはただの罰ではない。
世界の理そのものが下す拒絶だ。
大切な家族や仲間たちに、3年以上近づくことを禁じられる。
触れることも、並ぶことも、同じ場に立つことすら許されない。
それがザルクスに課された《天縁断界》だった。
リオの胸の奥が、少しだけ痛む。
だがザルクス本人は、肩をすくめるだけだった。
「まあ、死ぬほど退屈ってほどでもなかったぞ」
「次だ」
ラルラゴが言う。
「この数年、何をしていた」
ザルクスは焼き串をひと口かじり、まるで世間話の続きみたいに言った。
「まずはだなぁ」
「成埜の地を“奪還”できたのは、俺のおかげかな」
「……は?」
と、レインが漏らす。
リオも固まる。
絶騎士団も、ヴェルド・クレストも、セルディアの一団も、一斉に目を向けた。
ザルクスは気にした様子もなく続ける。
「あー、簡単に言うとだなぁ」
「天階Ⅳの魔獣やら魔人、1万5千送ったのは俺だ」
「俺、俺」
沈黙。
一拍。
そして一気にざわめきが爆発した。
「なっ……!?」
「何だと!?」
「どういうことだ!?」
絶騎士団の面々が目を見開き、
セルディアの一団は完全に言葉を失い、
グレイランの者たちは「えっ、あれザル兄なの!?」みたいな顔になっている。
ヴェルド・クレストのセイラすら、反応が一拍遅れた。
「……は?」
「今、何と」
ザルクスは笑った。
「あんなに一瞬でノアに片づけられるとは、さすがに予想してなかったけどな」
「そこはちょっと笑った」
「詳しく説明しろ」
と、ラルラゴ。
ザルクスは、ようやく少しだけ真面目な顔になった。
「あの数の魔獣が国へ流れたら、普通は崩壊するだろ?」
「でも、お前らがいる」
「国を守ること自体は、簡単なことだ」
「何が言いたい」
ラルラゴの声音が低くなる。
ザルクスは、指をひとつ立てた。
「だーかーらー」
「俺が送った魔獣どもを始末して、国を守れば」
「王が動くだろ?」
静かに、言葉を置く。
「そして、言うはずなんだよ」
そこで、リオの目がわずかに揺れた。
ザルクスは笑う。
「――成埜の地を任せる、ってな」
ノアの光が、ぴたりと止まる。
ヴァルは、口元に笑みを残したまま黙った。
リュメリアは腕を組み、目を細める。
ラルラゴだけが、最初からある程度そこへ辿り着いていた顔をしている。
ザルクスはそのまま続けた。
「だから俺は、成埜の地を整備してた」
「地の深いところに、俺しかできない結界を仕込んで」
「真ん中の土地を隆起させて」
「お前らを決して襲わない魔獣どもを配置して」
「まあ、なかなか充実した日々だったぞ」
さらっと言うな、という話だった。
グレイランの若い連中など、もう「ザル兄やば……」としか言えていない。
絶騎士団の一人が、完全に呆然と呟く。
「……国を動かすために」
「最初から、そこまで整えていたのか」
「そういうこと」
ザルクスが頷く。
「奪還って言っただろ?」
「あそこは元から、俺たちに近い土地だ」
「王の手に渡る前に、先に形を作っときたかったんだよ」
リオの中で、何かが繋がり始めた。
あの時の魔獣の群れ。
王の判断。
成埜の地の違和感。
隆起した断崖。
襲ってこない魔獣。
職人だけを拒むような妙な反応。
クラスト・ドラゴン。
ばらばらだった断片が、今、ひとつの形を持ち始める。
「……あれ」
と、リオが小さく呟く。
「そういうことだったのか」
ザルクスは、その顔を見て楽しそうに笑った。
「繋がってきたか?」
「お前、そういう時の顔、昔からいいんだよな」
レインはまだ半分呆れていた。
「いや待って」
「それってつまり、最初から国まで動かすつもりで……?」
「うん」
「でも別に、国が滅ぶとは思ってなかったぞ」
「お前らいるし」
「その信用の置き方が雑すぎるんだよ!」
と、レインが思わず声を上げる。
その一言に、ヴァルが吹き出した。
「ははっ!」
「そこだな、そこがザルクスだ!」
ミアは、ずっと黙ってザルクスを見ていた。
その声の奥にある音を、何かを。
リュメリアが低く言う。
「本当に嫌な男ね」
「褒め言葉として受け取っとく」
と、ザルクスは笑う。
ラルラゴは、しばらく黙っていたが、やがて短く言った。
「整えた盤面で遊んだわけではないな」
ザルクスが肩をすくめる。
「当たり前だろ」
「お前らがどう動くか見たかったんだよ」
「結果は、まあ上々だ」
その言い方は軽い。
でも、その軽さの奥にあるものを、今この場の多くはもう笑って流せなかった。
この男は、遊びで国を動かす。
その上で、本気で仲間を信じている。
そして、天該にすら歯向かう。
やはり、オルビス・ノヴァは、まともではなかった。
リオはゆっくり息を吐く。
繋がった断片は、まだ全部ではない。
でも確かに、見えてきたものがある。
「……やっぱり」
「俺、まだ全然知らないんだな」
その呟きに、ザルクスが笑った。
「いいじゃねえか」
「これから知れば」
長机の上の灯りが揺れる。
今夜もまた、ひとつ。
世界の裏側が、軽すぎる口調で暴かれていく。




