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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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ザル兄

クラスト・ドラゴンが去ったあとも、城の中にはしばらく妙な熱が残っていた。


笑いと、驚きと、疲れと、

そして「今のは何だったんだ」という説明不能の余韻。


公爵はすでに半泣きで王国の兵に引きずられていき、

セルディアの一団も、さすがに今は無駄口を挟める空気ではなくなっている。


それでも夜会そのものは、完全には崩れなかった。


むしろ、あまりにも濃い出来事が立て続けに起きすぎて、

逆に人々の感覚が少しおかしくなっていた。


「いやあ、すごかったなあ!」

「タオーも、ヴァル様も、何なんだよほんとに!」

「もう何が起きても驚ける気がしない!」


グレイランの若い連中が、まだ興奮したまま喋っている。


その輪の端で、知らない男が自然に笑っていた。


長身。

気楽そうな立ち姿。

ぼさついたようでいて妙に整って見える髪。

年齢はよく分からない。

若くも見えるし、古くも見える。


目立つ格好ではない。

だが、なぜか一度見ると妙に印象に残る。


男は片手に焼き串を持ち、もう片手で子どもの頭をくしゃっと撫でた。


「だから言っただろ?」

「この城、面白いって」


「ザル兄、最初から知ってたみたいに言うなよ!」

と、グレイランの少年が笑う。


「知ってたよ」

男はあっさり言った。

「だいたいな」


「何だそれー!」

「ずるい!」


その会話があまりにも自然すぎて、最初は誰も引っかからなかった。


でも。


ノアの光が、ぴたりと止まる。


リュメリアの目が、細くなる。


ラルラゴは、最初から気づいていたみたいに何も言わない。


リオは、一拍遅れてその男を見た。


「……あれ」


ヴァルが、ようやくにやっと笑う。


「気づいたか」


「誰?」

と、リオは率直に聞いた。


グレイランの少女が、きょとんとして答える。


「え?」

「ザル兄だよ?」


「ザル兄?」

「うん。最近たまに来る」

「話しやすいし、物知りだし、何か変だけど面白い人」


リオの顔が止まる。


レインもそちらを見て、眉をひそめた。


「……最近って」

「いつからいる?」


「えー、結構前?」

と、別の若者が言う。

「街道のこととか、防壁のこととか、たまに見てて」

「妙に詳しいんだよな」


「お前ら」

レインが低く言う。

「何でそんな怪しい奴と普通に馴染んでんだよ」


「いや、でもザル兄、変なこと言うけど悪いやつじゃないし」

「そうそう。飯もおごってくれたし」


その時だった。


男――ザル兄が、ようやくこちらを向いた。


目が合う。


その瞬間、リオの背中を何かが走った。


初めて見るはずなのに、初めてじゃない気がする。

知らないはずなのに、奥の方がざわつく。


男は、少しだけ口元を上げた。


「よう」


その一言だけで、空気が変わる。


ヴェルド・クレストの面々が反射的に身を固くする。

絶騎士団は、遅れて息を呑む。

セルディアの一団は、今度こそ本能的な警戒を顔に出した。


でもグレイランの連中だけは、まだ普通だった。


「ザル兄、知り合いだったのか?」

「知り合いっていうか……」

男は軽く笑う。

「まあ、これから知る感じだな」


リオが、ゆっくり立ち上がる。


「……誰?」


男は焼き串を食べ終えてから、まるで世間話の続きみたいに言った。


「ザルクス=ガイア」


沈黙。


名前だけで、ノアの光が鋭く震えた。


レインが「は?」って顔をする。

ミアは、さっきまでと違う意味で息を止めた。

リュメリアは目を細めたまま笑わない。

ラルラゴだけが、ようやく小さく息を吐く。


「遅かったな」

と、短く言う。


ザルクスは肩をすくめた。


「久しぶりに遊んでたんだよ」

「お前らがどんな顔するか見たくてな」


「クラスト・ドラゴン……」

リオが呟く。


ザルクスは悪びれもなく頷いた。


「俺が送った」

「ほんの少しでも慌てる姿が見たかった」

「あと、小さな城のことも気になってたし」


セルディアのグラディスが、目を剥く。


「お前が……あれを……?」


「うん」

ザルクスはあまりにも軽く答える。

「竜一匹くらいなら、まあ挨拶みたいなもんだろ」


「挨拶の基準が壊れてるのよ」

と、リュメリアが冷たく返す。


ザルクスは、そこでようやく成埜の地の方角をちらりと見た。


夜の向こう。

街道の先。

絶壁の上。

そこに築かれつつある防壁。


その光景を見て、妙に満足そうに笑った。


「でも、なかなか良くやってるじゃないか」


そして、リオの方を向く。


まるで、前からずっと一緒にいたみたいな距離感で。


「成埜の地の隆起したところ」

「俺が作ったんだけど、気に入ってくれた?」


沈黙。


今度の沈黙は、さっきまでとは種類が違った。


理解が遅れる。

意味が入ってくるのが遅い。

頭が追いつく前に、言葉だけが先に刺さる。


レインがようやく口を開く。


「……は?」


ヴァルが楽しそうに肩を揺らす。


「ほら来た」

「こういう感じだぞ、ザルクスは」


リオは数秒、完全に固まっていた。


それからやっと、ものすごく普通の声で言う。


「……あそこ、作ったの?」


「作った」

「いい感じだろ?」

「自然っぽく見せるの、結構大変だったんだぞ」


「自然っぽくって」

リオの顔がじわじわ引きつる。

「いや、待って」

「“ちょっと変だな”とは思ってたけど、作ったって何」


「作ったは作っただろ」

ザルクスは平然としている。

「壁にするなら、最初からあのくらいの高さは欲しいしな」

「結界かけるにも地形が素直な方が楽だし」


「素直な地形って何だよ……」

と、レインが呟く。


グレイランの若い連中は、もう目を輝かせていた。


「えっ」

「ザル兄すごくね?」

「いや前から変だとは思ってたけど!」

「竜送ってくる人だったの!?」


「そうだよ」

ザルクスが笑う。


「だから言っただろ」

「面白い城だって」


リオは額を押さえた。


意味が分からない。

でも、妙に納得する。


この男なら、そういうことを本当にやる。

しかも悪びれもなく、楽しそうに。


ノアが静かに光を揺らす。


「……ザルクス様」

「何だ、ノア」

「もう少し、普通の登場はできなかったのですか」


ザルクスはきょとんとした。


「普通に来ただろ」

「グレイランの連中とも仲良くしてたし」


「そこが普通ではないのです」

ノアの声はやわらかいのに、妙に刺さった。


ヴァルが吹き出す。


「ははっ!」

「いいぞノア、その通りだ!」


ラルラゴは短く言った。


「座れ」


「おう」

と、ザルクスはあっさり答える。


まるで最初から自分の席でもあるみたいに、自然に長机の端へ腰を下ろす。


グレイランの子どもが、その横へ嬉しそうに寄っていく。


「ザル兄、まだ串あるぞ」

「もらう」


その光景があまりにもおかしくて、

この場の誰も、今すぐどう反応すればいいのか決められなかった。


ただひとつ分かるのは――


成埜の地の核心が、ついに向こうから歩いてきた。


しかも、しれっと。

普通に。

グレイランの連中と打ち解け済みで。


これはもう、笑うしかない。

でも、笑って済ませていい相手では決してない。


その矛盾した感覚の中で、夜会はまたひとつ、

とんでもない段階へ進もうとしていた。

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