表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/231

格の違い

夜の庭に、ひどく澄んだ静けさが落ちていた。


セイラは剣を抜いたまま、微動だにしない。

リュメリアは、その正面でいつものように肩の力を抜いて立っている。


構えだけを見れば、むしろ隙があるのはリュメリアの方だった。

剣もない。

大きく魔気を放っているわけでもない。

ただ静かに、そこにいるだけ。


だが、それだけで庭の空気は変わっていた。


レインがごくりと喉を鳴らす。


「……始まる前から嫌な感じがする」


「正しい感想です」

ノアがやわらかく答える。


セイラは目を細めたまま、相手を測っていた。


余裕ぶっているようにも見える。

だが違う。

軽んじているのではない。

最初から、こちらの全てを見たうえで立っている空気だ。


そのことが、かえって怖い。


ラルラゴの言葉が脳裏をよぎる。


見たいのは技ではない。覚悟だ。


セイラは息を整えた。


「行く」


短い声と同時に、地を蹴る。


速い。


夜会に集まっていた者たちの多くは、セイラの踏み込みをほとんど見失った。

さすがはSSギルドの二番手。

速さだけなら、騎士団上位に比べても明らかに抜けている。


一歩で間合いを詰め、

二歩目で剣筋を隠し、

三歩目で斬る。


無駄のない、洗練された入りだった。


だが。


リュメリアは動かない。


ほんの少しだけ、身体を傾けた。


それだけで、セイラの刃が空を切る。


「っ――」


速いのではない。

早すぎたのだ。


セイラは一撃を外した瞬間、すぐに理解した。

この相手は、避けたのではない。

斬られる前から、そこに刃が来ると知っていた。


返す刃。


斜め下から斬り上げる。

同時に足払い気味に重心を崩す。


実戦なら十分に通る連携。


だがリュメリアは、今度は半歩だけ後ろへ滑った。

距離が伸びる。

こちらの連撃だけが、一方的に置いていかれる。


「悪くないわね」

リュメリアが静かに言う。

「でも、少し素直すぎるわ」


その声は、すぐ耳元で鳴った気がした。


セイラが反射で振り向く。


いない。


正面だ。


いつの間にか、リュメリアは最初にいた位置へ戻っていた。


庭の周囲がざわつく。


「今の……」

「見えたか?」

「消えたんじゃない」

「違う、最初から余白にいたみたいだった……!」


サイラスが低く息を吐く。


「……綺麗に嫌なことをする、か」


「言っただろう?」

と、ヴァルが愉快そうに笑う。


セイラの目が鋭くなる。


今の一瞬で分かった。


この相手は、力で受けない。

速さで競わない。

こちらの“正しい動き”を、まるで当然みたいに外していく。


嫌な相手だ。

そして、だからこそ崩しがいがある。


セイラは呼吸を深くし、次は一切の探りを捨てた。


魔気を解放する。


庭の空気がぴん、と張る。


夜会の端にいた者たちが息を呑み、グレイランの者たちは思わず身を引いた。


「あれがSSの……」

「本気……」


剣圧が一気に増す。


セイラの身体が、今度は真正面から消えた。


連続斬撃。


ひとつ、ふたつ、みっつ。

そのどれもが軌道を変え、角度を変え、わざと読みを外しにくる。


正面から見えて、途中で横へずれる。

横薙ぎに見えて、途中で突きへ変わる。

フェイントではない。

身体の制御そのものが異常に洗練されている。


騎士団の一人が思わず声を漏らす。


「……強い」


ゼルクも黙って見ていた。

SSギルド二番手、その看板に偽りはない。

この庭にいる大半の人間なら、もう追えていない。


だが。


リュメリアは、やはり動きすぎない。


最小限。

恐ろしいほど最小限の動きで、すべて外す。


かわすというより、

“そこにいるべきでない”位置へ、最初から立っているみたいだった。


セイラの剣が、リュメリアの頬先をかすめる――ように見えた瞬間。


リュメリアの指先が、そっと刃の側面に触れた。


かすかな音。


それだけで、セイラの軌道が崩れる。


「なっ……!?」


すかさず踏み直す。

だが次の瞬間には、足元の感覚までずれていた。


石畳が遠い。


違う。

遠くなったのではない。

自分の重心の置き方を、先に読まれて、そこだけを崩された。


リュメリアがすぐ目の前にいる。


近い。


だが攻撃してこない。


ただ静かに、言う。


「剣はいい」

「無駄が少ない」

「でも、あなたは“斬る場所”ばかり見てる」


その一言に、セイラの背筋が冷える。


見抜かれている。


技を。

癖を。

考え方を。

戦い方の核を。


リュメリアは続ける。


「上位と戦うには、それでは足りないわ」

「相手の身体じゃない」

「相手の“流れ”を斬らないと」


次の瞬間。


リュメリアが初めて、明確に一歩踏み込んだ。


速さではなかった。


静かすぎて、気づいた時にはもう遅い。

そんな一歩だった。


セイラが咄嗟に剣を戻す。


間に合う。


そう思った。


だが。


刃は届かなかった。


リュメリアの指先が、セイラの手首の少し上を軽く叩いた。

それだけで剣が跳ねる。


同時にもう片方の手が肩口へ触れる。


衝撃は、ない。


なのに、セイラの身体は自分の意志と無関係に半回転し、

気づけば膝をついていた。


剣先が、石畳に触れて止まる。


その首元へ、リュメリアの指先が静かに添えられていた。


沈黙。


本当に、一瞬だった。


夜会の者たちは、ほとんど何が起きたか分かっていない。

ただ、SSギルドの二番手が、気づけば膝をつき、首を取られていた。


その事実だけが、庭に重く落ちた。


レインが呆然と呟く。


「……終わった?」


「はい」

ノアがやわらかく答える。

「終わりました」


「いや、何がどうなって……」


ミアは黙ったまま、その場の音を聴いていた。


剣がぶつかる激しさではなかった。

もっと静かで、澄んでいて、

まるで大きな波の流れを一度だけ変えたみたいな音だった。


それが、彼女にはどうしようもなく綺麗に聴こえた。


庭の中央で、セイラは息を乱したまま動けずにいた。


負けた。


それは分かる。


だが、問題は負けたことではない。

どう負けたかが、理解しきれない。


リュメリアは指先を引き、静かに一歩下がる。


「これで終わり」


声は穏やかだった。


「でも、悪くなかったわ」


セイラがようやく顔を上げる。


そこに嘲りはない。

勝者の優越もない。

ただ、事実を述べるみたいな静かな評価だけがある。


「……悪くない、で済ませるのか」

セイラがかすれた声で言う。


リュメリアは少しだけ笑った。


「ええ」

「あなた、ちゃんと本気で来たもの」


その一言で、セイラの肩から少し力が抜ける。


完膚なきまでに差を見せられた。

だが、侮辱はされていない。

むしろ、本気を出したこと自体は認められている。


それが逆に、格の差を鮮やかに際立たせていた。


ガルスが、ゆっくりと息を吐いた。


その目に驚きはあった。

だがそれ以上に、どこか納得の色があった。


「……なるほど」


ヴァルがにやにやしながら声をかける。


「どうだ、SSの長」

「少しは座る理由が増えたか?」


ガルスは苦笑ともため息ともつかない息を漏らす。


「増えすぎた」

「今の一手だけで、しばらく酒の肴に困らん」


「良い言い方ね」

リュメリアが戻りながら言う。


ゼルクが低く呟いた。


「これが……一角」


「一角ですら、だ」

サイラスが続ける。

「やはり、SSSは別格だな」


グレイランの者たちも、今や完全に言葉を失っていた。


SSギルドの二番手。

それだけでも、自分たちには遠い雲の上の存在だ。


その相手が、本気で踏み込み、

そして、あんなにも静かに、綺麗に、圧倒される。


レインは、目を離せなかった。


「……リオ」

と、無意識に呟く。


リオは腕を組んだまま、ふっと笑った。


「うん」


「お前んとこ、やっぱり変だよ」

レインが真顔で言う。


「よく言われる」

リオはまた同じことを言った。


ヴァルが楽しそうに肩を揺らす。


「いい夜だなあ」


「あなたにとってはね」

リュメリアが返す。


ラルラゴはそこで、ようやくセイラを見た。


「立て」


セイラはゆっくりと立ち上がる。

悔しさはある。

だが、目は折れていなかった。


ラルラゴは短く言う。


「本気は見た」


それだけだった。


だが、その一言は重かった。


ガルスが静かに頭を下げる。


「……感謝する」


「まだ早い」

ラルラゴが返す。

「感謝は、働いてからにしろ」


その言葉に、ガルスの口元がわずかに持ち上がった。


夜の庭には、まだ灯りが揺れている。


そして、その光の中で、

SSとSSSのあいだにある“格の違い”は、

誰の目にもはっきりと刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ