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来る場所を間違えた者たち

夜会の灯りは、今夜もやわらかく広間を包んでいた。


長机のあちこちで杯が交わされ、

料理の湯気が立ち、

商人と職人が言葉を交わし、

騎士団の者たちが少し距離を置きながらも、その輪の中に混じっている。


前より人が増えた。

前より、笑い声も増えた。


レインも、もう壁際に完全には戻らなくなっていた。


ミアはその少し後ろに座り、

騒がしい広間の音を、静かに受け取るように耳を傾けている。


リオはそんな二人の前にしゃがみ込み、軽く笑った。


「それで?」

「さっきの続き、聞いてもいい?」


レインは少しだけ気まずそうに頭をかいた。


「……別に、大した話じゃない」


「そう?」

リオがやわらかく返す。


レインは一度だけミアを見る。


ミアは何も言わない。

ただ、逃げなくていい、とでも言うように小さく頷いた。


レインは息を吐く。


「こいつも、ダメスキルなんだ」


リオが目を瞬く。


「ダメスキル?」


レインは、少しだけ言いづらそうに続けた。


「耳がいいだけ」

「ただそれだけ」


ミアの肩が、ほんのわずかに揺れる。


レインは視線を逸らしたまま言った。


「だから、親に捨てられた」

「気味悪がられて、役に立たないって言われて」

「結局、貧民街に流れてきた」


広間のざわめきは続いている。

誰かが笑い、誰かが乾杯している。

なのに、その小さな一角だけ、少しだけ空気が静かになった気がした。


リオはすぐには言葉を返さなかった。


ミアも、何も言わない。

ただ膝の上で指先を重ねるようにしている。


レインは苦く笑った。


「俺の“接続”も大概だけど」

「こいつのも似たようなもんだよ」

「人より耳がいいだけ」

「そんなもんで生きていけるかって話だろ」


リオはミアを見る。


ミアは少しだけ目を伏せたまま、小さく言った。


「……うるさいんです」

「ずっと」


その声は、消え入りそうなくらい静かだった。


「いろんな音が」

「ずっと、近くて」


そこまで言って、ミアは口を閉じる。


リオは何かを言いかけた。

けれどその時だった。


どんっ!!


広間の入口の方から、とんでもなく大きな物音が響いた。


一瞬で、夜会の空気がひっくり返る。


誰かが椅子を鳴らし、

杯が揺れ、

ヴァルが「お?」と顔を上げる。


入口では、扉が半ば乱暴に開かれたままになっていた。


そこにいたのは、四人の冒険者だった。


かなり焦っている。


いや、焦りすぎている。


先頭の男は勢い余って段差で足を取られ、半分転びかけている。

後ろの女は、開けた扉の勢いが強すぎて片手で押さえたまま固まっていた。

もう一人は、止まろうとして止まり切れず、危うく前の男に突っ込みそうになっている。

最後尾の男に至っては、状況を整えようとして逆に空回っていた。


滑稽だった。


緊張しすぎて失敗した子どもみたいな、見事なまでのドタバタだった。


「……何だ、あいつら」

と、ヴァルが呟く。


だが次の瞬間。


夜会に参加していた何人かの民が、顔色を変えた。


「……まさか」

「おい、あれ……」


貧民街上がりで冒険者事情に詳しい男が、青ざめて立ち上がる。


「SSギルド……」

「SSギルドの長のパーティじゃねえか……!」


騎士のひとりも目を見開いた。


「何故ここにいる……?」


王国の使いの者まで、息を呑んでいる。


広間の空気が一気にざわめいた。


SSギルド。

この国でも名の知れた上位の存在。

誰が見ても強者。

王都の民で知らぬ者は少ない。


それが今、小さな城の夜会に、四人揃って飛び込んできた。


何も知らぬ者たちは、別の意味で慌て始める。


「やばくないか……?」

「喧嘩になるんじゃ……」

「ここに来る場所、絶対間違ってるだろ……!」


だが。


それとは逆に、

この場で“本当の強さの差”を知っている者たちの反応は、まったく違っていた。


四天槍のひとりが、ぽつりと呟く。


「……ようやく来たか」


サイラスが低く鼻を鳴らす。


「見ろ」

「あの焦りようを」


ゼルクは黙っていたが、その目にはどこか冷めた理解があった。


昨夜と今朝、成埜の地で見たもの。

ラルラゴ。

ノア。

そしてリオ。


あの領域を知ってしまった今、

目の前のSSの一行の慌てぶりは、むしろ当然に見えた。


四天槍の別のひとりが、小さく笑う。


「隠しきれぬのだろうな」

「この城に満ちている魔気に」


「ビビって扉を壊しかけるとは」

「なかなか愉快ではある」

と、サイラスも続けた。


ヴァルはもう肩を震わせている。


「駄目だ……」

「面白すぎる……」


リュメリアが呆れ顔で言う。


「笑う前に、少しは落ち着きなさい」


「いや、無理だろう」

ヴァルは笑いを噛み殺しながら言う。

「SSの看板背負った連中が、来るだけでこの有様だぞ」


一方、レインは完全に固まっていた。


「……え」

「SS……?」


ミアも入口を見たまま、静かに息を止めている。


彼らにとって、SSは十分すぎるほど別格だ。

雲の上の存在だ。

そのはずだった。


なのに今、その四人が、この広間の入口で完全に飲まれている。


リオは、そんな周囲のざわめきの意味が一瞬だけ分からなかった。


「……知ってる人たちなの?」


レインがかすれた声で答える。


「知ってるも何も……」

「国中で有名な連中だよ」


「へえ」

リオは素直に頷く。

「でも、だいぶ焦ってるね」


その言い方に、ヴァルがまた吹き出しかけた。


「お前はほんと、そういうとこだぞ……!」


入口の四人は、ようやく体勢を立て直したらしかった。


先頭の男が大きく深呼吸し、

ぎこちなく服を整え、

それから意を決したように顔を上げる。


だがその瞬間、

広間の奥――ラルラゴ、ノア、ヴァル、リュメリア、そしてリオの並ぶ方を見て、

また明らかに顔が引きつった。


「……っ」


誰もまだ何もしていない。


なのに、空気だけで分かるのだろう。

ここが、自分たちの知っている“強者の場”とはまるで違うことが。


夜会に集っていた民たちも、息を呑んで見守っている。


SSの一行は強い。

それは事実だ。

この国では間違いなく上位だ。


だが――


来る場所を間違えた。


そのことだけは、今ここにいる誰の目にも明らかだった。


リオは静かに立ち上がる。


焦るでもなく、威圧するでもなく、

ただ少しだけ首を傾げた。


「えっと」


広間の視線が、いっせいに集まる。


「入ってくる?」


その一言で、空気が奇妙にほどけた。


SSの一行は、さらに焦った。


「は、はいっ!!」


返事だけが妙に大きい。


そのあまりの必死さに、

夜会のあちこちから、ついに小さな笑いが漏れ始めた。

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