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夜会に来たレイン

その日の夜会は、いつにも増して賑やかだった。


小さな城の広間には灯りがいくつも吊られ、

長机の上には温かい料理と酒、果汁の飲み物、焼き菓子がずらりと並んでいる。


騎士団の面々も来ていた。

商人も、職人も、王国側の役人もいる。

貧民街から顔を出す者も、今では珍しくなくなっていた。


ヴァルはすでに上機嫌で誰かと肩を組み、

リュメリアは呆れながらも全体を見渡し、

ノアはやわらかな光で場を包んでいる。


リオも、あちこちから声をかけられながら、ようやく少し落ち着いたところだった。


その時。


広間の入口のあたりが、ふっとざわついた。


「……あれ」

と、誰かが小さく声を漏らす。


リオもそちらを見る。


入口に立っていたのは、レインだった。


だが、一瞬、誰だか分からなかった。


前より背筋が伸びている。

服も、もう薄汚れた布切れではない。

簡素ではあるが清潔で、きちんと手入れされた服を着ていた。


髪も整えられている。

頬のこけた感じも前ほどではない。

目つきは相変わらず少し鋭いのに、その鋭さがただの刺々しさではなく、芯のあるものへ変わっていた。


「……レイン?」


リオが思わず言う。


レインは、そんな反応をされると思っていなかったのか、少しだけ気まずそうに眉を動かした。


「何だよ」


「いや」

リオは笑う。

「なんか、見違えた」


レインは照れたように視線を逸らす。


「そういう言い方やめろよ」


「いや、でもほんとに」

リオは素直に続ける。

「こんなやつだったっけ、って思った」


その言葉に、周囲からも小さな笑いが起きる。


ヴァルなどは杯を片手に大きく頷いた。


「うむ、分かるぞ」

「顔つきがちょっと良くなったな、レイン」


「ちょっとって何だよ」

レインがすぐ返す。


そのやりとりだけで、もう前とは違っていた。


そしてリオは、レインの後ろにもう一人いることに気づく。


少女だった。


年はレインとそう変わらないだろう。

黙ったまま立っている。

派手ではないが、こちらも以前よりだいぶ整った服を着ていた。


髪は肩口で揺れ、

大きな瞳は静かにこちらを見ている。

けれど目立とうとはしていない。

むしろ、人の会話をじっと聞いているような空気だった。


リオが少し首を傾げる。


「……あれ」

「レインが人を連れてくるなんて、珍しいね」


レインは、そこでさらに居心地悪そうに顔をしかめた。


「別に」

「たまたまだよ」


「たまたまで夜会に人を連れてくる一匹狼、なかなか珍しいぞ」

ヴァルがにやにやしながら言う。


「うるさい」

レインが即座に返す。


広間の空気がやわらぐ。


リオはそんなレインの前まで歩いていった。


「来てくれて嬉しいよ」


レインは少しだけ視線を下げて、それからぼそりと言った。


「……まあ」

「たまには、いいかなって」


それだけ言ってから、なぜか少しだけ黙る。


そして、ぽつりと続けた。


「リオ」


「うん?」


レインは耳のあたりを少しだけ赤くしながら、ぶっきらぼうに言う。


「俺……今、剣術を独学で鍛錬してるんだ」


リオは一拍置いてから、すぐに笑った。


「それって、教えてほしいってこと?」


「ち、違う!」

レインが即座に否定する。

「そういうつもりで来たわけじゃ――」


だが、その声は途中で少し弱くなった。


図星だったのだ。


そのあまりの分かりやすさに、リオは声を立てて笑う。


「ごめんごめん」

「でも、そうなら嬉しいなって思っただけ」


レインはますます照れたように顔を逸らす。


「……別に」

「少しくらい、見てもらえたらとは思ったけど」


「うん、もちろん」

リオはあっさり頷いた。

「喜んで」


レインが、今度こそ本当に言葉を失う。


「……え」


「いや、そんな驚くところ?」

リオが笑う。

「教えてほしいって言われて断る理由ないし」


レインは何か言い返そうとしたが、うまく出てこない。

その様子がまた可笑しくて、周囲の空気がさらにやわらいだ。


ノアの光も、嬉しそうに弾んでいる。


「素敵ですね、レイン」


「……やめてくれ」

レインは小さく呻くように言った。

「何か全部見透かされてる感じがする」


「だいたい顔に出てるからな」

と、ヴァルが容赦なく言う。


「本当にうるさいなあんた!」


笑いが広がる。


その間も、後ろに立っていた少女は黙ったままだった。

けれど、その目だけはずっと二人のやりとりを追っていた。


リオはそこでようやく、そちらへ視線を向ける。


「そうだ」

「紹介してよ」


レインが、はっとしたように振り返る。


「あ……」


ほんの少しだけ間が空く。


少女は自分から前へ出る気はなさそうだった。

だからレインが、少しだけ気まずそうに頭をかいた。


「……こいつは、ミア」


少女が小さく頭を下げる。


「ミアです」


声は静かで、よく通る声だった。


リオはやわらかく笑う。


「来てくれてありがとう、ミア」

「楽しんでいってね」


ミアは少し驚いたように目を瞬く。


それから、ほんのわずかに頷いた。


「……はい」


その返事は短かったが、拒絶の色はなかった。


リュメリアが少し離れたところからその様子を見て、静かに目を細める。


「いいじゃない」

「少しずつ、ちゃんと広がってきてる」


ゼルクたち騎士団も、その光景を黙って見ていた。


最初は奇妙な夜会だった。

次に、情報交換の場になった。

そして今では、人が変わる場所になり始めている。


衣食住だけではない。

こうして誰かが来て、座って、話して、次の一歩を口にできる。


その変化は小さいようでいて、ひどく大きかった。


ヴァルが両手を広げる。


「よし!」

「なら今日はレインの夜会初参加記念だ!」


「何その雑な記念」

と、レインが返す。


「めでたいからいいんだ」

「めでたいのか……?」

「めでたいとも」

ヴァルは真顔だった。

「一匹狼が人を連れてきたんだぞ。これは事件だ」


また笑いが起きる。


レインは呆れ顔をしながらも、前みたいに壁際へは戻らなかった。


ミアもまた、その少し後ろに立ったままではあるが、帰ろうとはしていない。


リオはその様子を見て、なんとなく分かった。


今夜の夜会は、いつもより少しだけ賑やかだ。

でもそれは、料理や酒のせいだけじゃない。


人が一歩、内側へ入ってきたからだ。


夜が深まるにつれ、広間の灯りはあたたかさを増していく。


誰かが笑い、

誰かが話し、

誰かが新しい仕事や居場所の話をし、

誰かが明日の段取りを決める。


成埜の地の調査も、王国との折衝も、貧民街の変化も、

全部がどこかで繋がっている。


そして今、その繋がりの輪の端に、

レインとミアも静かに足を踏み入れていた。

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