通用しない者たち
王とその側近たちが去ったあとも、広間にはまだ先ほどのやりとりの余韻が残っていた。
莫大な資金。
貧民街への条件。
成埜の地の開拓。
そして、ラルラゴが口にした数々の“最高”の職人たち。
リオはしばらく黙っていたが、やがて小さく首を傾げた。
「……なあ」
ヴァルが椅子にもたれたまま見る。
「何だ」
リオの視線はラルラゴへ向いていた。
「ちょっと意外だった」
ラルラゴは無言のまま視線だけを返す。
リオは続けた。
「鍛冶屋とか、建築士とか、呉服屋とか、農家とか、料理人とか、商人とか」
「しかも“最高の”って」
「いや、必要なのは分かるけど……」
少しだけ言葉を選んでから、素直に口にする。
「ラルラゴが、あんなふうにわがままな要求するの、ちょっとおかしいなと思って」
ヴァルが吹き出しかけ、
リュメリアが目を細め、
ノアが小さく光を揺らす。
だがラルラゴ本人は、表情ひとつ変えなかった。
リオは少し困ったように笑う。
「そんなキャラじゃないよね?」
しばし沈黙。
やがて、ラルラゴが静かに口を開いた。
「リオよ」
低い声だった。
「私が本気で要求したと思うか?」
リオがまばたきをする。
「……え?」
ヴァルの口元が、ゆっくりと持ち上がる。
リュメリアも、どこか納得したように息を吐いた。
ラルラゴは続ける。
「まあ、見ていれば分かる」
「これから先、あの土地で何が起きるか」
その言葉に、広間の空気が少しだけ変わる。
リオの表情も、自然と引き締まった。
ラルラゴは机に肘をつくこともなく、ただ淡々と言う。
「私が要求したそれぞれの職人たちは」
「おそらく、通用しない」
四天槍のひとりが、思わず息を止めた。
サイラスの目が細くなる。
ラルラゴはさらに続ける。
「最高の知識を持つ者」
「最高の経験を積んだ者」
「最高の権威を背負う者」
「そういう分野の頂に立つ者たちが、あの土地を前にして言うはずだ」
そこで、ほんの一拍だけ間を置く。
「――“あの土地は無理だ”とな」
沈黙。
その一言の重みが、広間へゆっくりと沈んでいく。
リオはラルラゴを見つめたまま、すぐには返せなかった。
「……それを、期待してるの?」
「そうだ」
ラルラゴは短く答える。
「通用しないと分かって初めて」
「どこが、何が、普通ではないのかが見える」
ノアの光が、かすかに揺れる。
「……なるほど」
リュメリアが、静かに腕を組む。
「ただ人を集めたいわけじゃなかったのね」
「当たり前だ」
ラルラゴは言う。
「人を並べるだけで拓ける土地なら、すでに誰かが手を入れている」
ヴァルが楽しそうに笑った。
「いいな、それ」
「最高の奴らを連れてきて、最初に“無理だ”と言わせるわけか」
「性格が悪いですね」
と、ゼルクが思わず漏らす。
「今さらだろう?」
ヴァルが即答する。
だが、誰も笑えなかった。
ラルラゴの言葉は、冗談ではなかったからだ。
成埜の地は広い。
自然と魔が共存し、断崖の中核地形があり、魔神まで現れた。
あれが“普通の開拓地”ではないことは、すでに誰もが分かっている。
だがそれでも、どこかでまだ、
「優秀な人材を揃えれば何とかなるのではないか」
という常識に寄りかかっていた。
ラルラゴが今やったのは、その寄りかかり先を先に折ることだった。
リオはしばらく考え込み、
やがて小さく呟く。
「……試すのは、土地だけじゃないんだね」
ラルラゴは、ほんのわずかに視線を動かした。
「そうだ」
「人も試される」
「国も試される」
「我々も試される」
その短い言葉に、成埜の地の持つ重さが改めて輪郭を持った気がした。
リオは少しだけ苦笑する。
「考えろ、ってことか」
「そうだ」
ラルラゴは言った。
「考えろ、リオ」
「お前はもう、あの土地の外側に立っているだけでは済まん」
その一言に、リオは黙る。
分からないことはまだ多い。
けれど、分からないまま立っていていい場所ではないことだけは、少しずつ見えてきていた。
ヴァルがそこで、空気を少し戻すように笑う。
「いやあ、安心した」
「珍しくラルラゴが贅沢言い出したのかと思ったぞ」
「思ってたの、ヴァルもなんだ」
リオが返す。
「少しな」
ヴァルは悪びれずに言う。
「だが、ちゃんとラルラゴだった」
リュメリアも小さく笑う。
「ええ」
「むしろ、あまりにもラルラゴだったわ」
ノアの光も、どこかほっとしたようにやわらいだ。
「リオ様」
「はい?」
「今のは、とても大切なお言葉だと思います」
「うん」
リオは頷く。
「たぶん、そうだね」
窓の外では、夕の光がさらに深くなっていた。
成埜の地の全貌は、まだ何ひとつ見えていない。
だが、その見えなさそのものが、
少しずつ“見えるべきもの”として形を持ち始めていた。




