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国王への条件提示

小さな城の夕刻会議が、ようやくひと区切りつこうとしていた、その時だった。


外で、足音が止まる。


城仕えの者が扉の前でわずかに息を整え、

すぐに緊張した声を落とした。


「……国王陛下がお見えです」


広間の空気が、すっと変わる。


ヴァルがパンを持ったまま片眉を上げる。


「ほう」


リュメリアは目を細め、

ゼルクたち騎士団は反射的に姿勢を正した。


リオは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに立ち上がる。


「ここに?」


扉が開く。


現れたのは、この国を治める王――

聖王国エルディア国王、アウレイン・エルディア。


年齢を重ねてなお背筋は伸び、

その眼差しには、王座に慣れきった者の鈍りではなく、

見極める者の静かな鋭さが宿っていた。


その右後ろには、王の右腕たる武務の統括者、

グレイス・ヴァルディオ。


王国の軍と防衛、騎士団との連携を一手に担う、苛烈で沈着な聖人族の男。


左後ろには、王の左腕たる政務・財務の統括者、

セレス・リュアノン。


王国内政と財の流れを支える、静かな威圧感を持つ聖人族の女。


そしてさらに後方には、見慣れぬ若い女性が二人いた。


ひとりは、落ち着いた眼差しと凛とした立ち姿を持つ、

第一王女、エルミナ・エルディア。

年は22。


もうひとりは、まだ若さを残しながらも聡明さを隠しきれぬ瞳を持つ、

第二王女、フィリア・エルディア。

年は20。


二人とも聖人族。

王の娘らしく、ただ立っているだけで育ちの良さと気品が滲んでいた。


王は広間へ入ると、一同を見渡した。


「急な来訪を許せ」


その声は穏やかだったが、王自らここへ来た意味の重さを隠してはいなかった。


リオが一歩前へ出る。


「いえ」

「どうか、お入りください」


王は短く頷き、進む。


ゼルクたち騎士団は深く頭を垂れた。

ヴァルたちもそれぞれに礼を取る。

ノアの光も、静かに揺れていた。


王は席につくことなく、そのまま言った。


「成埜の地の件だ」


その一言で、誰も無駄な前置きを挟まなかった。


「報告は受けた」

王は続ける。

「魔神級の存在の出現、魔人、外縁の異常、断崖の中心地形」

「さらに、昨日王都近辺に現れた1万の魔獣と魔人の群れも、おそらくはあの土地と無関係ではあるまい」


広間の空気が引き締まる。


王はリオたちをまっすぐ見た。


「あの土地を開拓し、領土として押さえていただけるのなら」

「国としては、感謝しかない」


それは、依頼であり、懇願でもあった。


王が、王国のために頭を下げるべき相手を見誤っていない声だった。


「昨日のような出没が今後も続けば、この国は必ず傷む」

「民が怯え、物流が乱れ、国境は緊張する」

「そうなる前に、手を打ちたい」


リオは静かにその言葉を受け止めた。


王はそこで、後ろの者へ軽く合図する。


すぐに、重厚な箱がいくつも運び込まれた。


金属の補強が入った黒い箱。

その数だけでも異様だ。


広間の中央に置かれ、蓋が開かれる。


中にあったのは、貨幣だけではなかった。


高純度の金塊。

宝石。

換金価値の高い希少鉱。

王印付きの証文。


一目で分かる。

とんでもない額だった。


四天槍のひとりが思わず声を失う。


「……何を、ここまで」


サイラスですら一瞬言葉をなくす。


ゼルクの目もわずかに見開かれた。


王は静かに言う。


「これでも、おそらく足りぬ」


その声に誇張はなかった。


「土地を開き、守り、育て、領とするには」

「この程度では本来、到底足りぬであろう」


ヴァルが低く口笛を吹く。


「本気だな」


「本気でなければ来ぬ」

王は即答した。

「もし人員が不足しているのであれば、兵士、商人、職人、いかようにも手配しよう」


その提案に、広間の空気が少し動く。


だが、そこで珍しく、ヴァルが先に口を開いた。


「いや」

「人の手配は違うな」


その声音には、ふざけがなかった。


王が見る。


ヴァルは続ける。


「人は借りるものではない」

「あの土地をこれからどうするかを決めるのは我々だ」

「なら、必要な人材を選ぶのも、抱えるのも、最終的にはこちらでやるべきだ」


ゼルクが目を細める。

サイラスも、その意見には理があると感じたらしい。


ヴァルは肩をすくめた。


「それに、今まで蓄えに蓄えてきた素材と金がある」

「使っても使い切れんくらいにな」

「本当に足りなくなれば、魔神でも魔王でも狩って素材をこの国や隣の国に売りつける」

「金の心配は無用だ」


第二王女フィリアが、思わずぽかんとした顔になる。


第一王女エルミナは顔を動かさなかったが、その目だけが少しだけ鋭くなった。


王は数秒黙り、それから頷いた。


「……承知した」

「人員の押しつけはせぬ」


そこで、リュメリアが静かに前へ出た。


その歩みだけで、空気がまた変わる。


「ただし」


王が、視線を向ける。


リュメリアの眼差しは冷たかった。


「条件があるわ」


「申してみよ」

王が言う。


リュメリアは、少しも揺らがなかった。


「貧民街に、飲食できる店を作りなさい」

「満足な居住地を作りなさい」

「一人残らず、新しい居住地を与えること」


ゼルクたち騎士団の目がわずかに動く。


王は何も挟まない。


リュメリアはさらに続けた。


「それと衣類」

「いつでも、無償で受け取れる施設を作りなさい」


第二王女フィリアが、はっと息を呑む。


第一王女エルミナは、その言葉を真っ直ぐ受け止めていた。


「もちろん、飲食街の店の費用は無料」

リュメリアは言う。

「それは、私たちが利用したものと同じと考えなさい」

「衣・食・住を整えたら、その先よ」

「勉学を与えなさい」

「仕事を与えなさい」


広間に、静かな圧が満ちる。


「救うなら、中途半端に救うな」

「生かすなら、最後まで生かしなさい」


その声音は鋭かった。

だが、それは怒りではなく、断固たる要求だった。


「それが私たちの条件」

「それ以外はいらないわ」


沈黙。


王は、じっとリュメリアを見ていた。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「……承知した」


その答えに迷いはなかった。


「それは、本来ならば我らが先に果たすべき責務である」

「条件として突きつけられて初めて動くこと自体、王として恥だ」


その言葉に、セレス・リュアノンが静かに頭を下げる。


「政務府にて即時準備いたします」


グレイス・ヴァルディオも低く続ける。


「治安と区画整理は軍務側で支える」

「妨害があれば潰す」


その時だった。


今度はラルラゴが、静かに口を開いた。


「まだある」


短いひと言だったのに、広間の空気はまた変わった。


王が視線を向ける。


ラルラゴは変わらぬ声音で言った。


「あの土地を開くなら、兵では足りん」


「要るのは、国を形にする手だ」


そして、ひとつずつ落とすように告げる。


「最高の鍛冶屋」

「最高の建築士」

「最高の呉服屋」

「最高の農家」

「最高の料理人」

「最高の商人」


誰も口を挟まない。


ラルラゴは最後に、短く言い切った。


「中途半端な者はいらん」

「寄越すなら、最上だけだ」


フィリアが思わず兄姉を見るように姉を見た。

エルミナはその言葉を聞いて、むしろわずかに口元を引き締めた。


王は沈黙したまま、数秒考える。


それから、深く頷いた。


「よかろう」


その一言は重かった。


「我が国に揃わぬものは、隣国からでも探し出そう」

「ただし」


王の目が、ヴァルへ向く。


「最終的な人選は、そなたらが見る」

「それでよいか」


ヴァルが笑う。


「話が早いな」


「早くなければ王は務まらぬ」

王が返す。


ほんの一瞬だけ、広間に小さな笑いが落ちる。


その空気の中で、王は後ろの二人へ目を向けた。


「エルミナ」

「フィリア」


二人の王女が一歩進み出る。


「この者たちをよく見ておけ」

王は言った。

「この国で、決して軽んじてはならぬ存在だ」


フィリアが少し緊張した顔で頷く。


エルミナは、落ち着いたまま視線を巡らせる。


王は続けた。


「オルビス・ノヴァの面々に、決して無礼を働くな」

「特に――」


そこで、王の視線がリオへ止まる。


「リオにはだ」


リオが少しだけ目を瞬く。


「え、俺?」


ヴァルが吹き出しそうになるのを、リュメリアが肘で止めた。


王は真面目だった。


「そうだ」

「最も逆らってはならぬのは、たぶんこの男だ」


「たぶんって何ですか」

リオが困ったように言う。


その返しに、フィリアが思わず笑いそうになり、

エルミナはごくかすかに口元をやわらげた。


王はそこで、ようやく少しだけ表情を緩める。


「そういうところも含めて、だ」


広間に落ちた空気は、重いままだった。

だが、同時に何かが決まったあとの静けさでもあった。


成埜の地は、もうただの褒美ではない。

王国の未来に関わる場所となった。


そしてその開拓は、単なる領土拡大ではない。

暮らしを作り、国を形にし、置き去りにされた者たちまで含めて、ひとつの流れを変える行為になる。


リオは、並べられた莫大な資金と、王の顔と、仲間たちの姿を順に見た。


「……なんか」

「思ってたより、ずっと大きな話になってきたな」


ノアの光がやわらかく揺れる。


「はい」

「ですが、きっとリオ様は、そういう場所へ向かわれる方なのです」


ヴァルがにやりと笑う。


「今さらだな、リーダー」


ラルラゴは何も言わない。

だが、その沈黙は否定ではなかった。


茜の光が窓から差し込み、

小さな城の広間を長く染める。


その中で、

王とオルビス・ノヴァは、

成埜の地をめぐる最初の大きな契約を交わした。


それは金の話であり、

土地の話であり、

同時に、これからどんな国を作るかという話でもあった。

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