接続
笑い声がひとしきり路地に広がったあと、空気はまた少しずつ落ち着いていった。
鍋の周りではまだ配膳が続いている。
子どもたちは焼き菓子を抱え、
大人たちは朝飯と昼の包みを大事そうに抱えている。
そのざわめきの端で、リオとレインは壁際に並ぶようにしゃがんでいた。
さっきより、沈黙が苦しくない。
レインはパンをちぎりながら、少しだけ視線を落としていた。
「……あんたってさ」
「うん?」
リオが見る。
「何でそんなに、変に真っ直ぐなんですか」
リオが少し笑う。
「変に、なんだ」
「変にだよ」
レインは即答した。
「昨日会ったばっかりの連中に、二日続けて飯持ってくるとか、普通じゃないだろ」
「そうかな」
「そうだよ」
レインは呆れたように言うが、その声には昨日の刺がない。
「だいたい、こっちみたいなのに関わると面倒なことしかない」
「揉め事もあるし、盗みもあるし、腹減ってるやつは苛立ってるし」
「いい人ぶって来ても、嫌になるのが先だ」
リオは静かに聞いていた。
「……レインは、そういうのをたくさん見てきたんだね」
その言葉に、レインの手が少しだけ止まる。
「見てきたっていうか」
「そういう場所で生きてるんだから、嫌でも分かる」
「そっか」
リオは頷く。
「それでも、今ここにいるんだね」
レインは、パンを見たまま鼻で笑った。
「行くとこもないし」
「他に選べるやつばっかりじゃない」
また少し沈黙が落ちる。
今度は、重すぎない沈黙だった。
リオは、そのまま少しだけ話題を変える。
「昨日から気になってたんだけど」
「レインって、何か仕事してるの?」
「仕事?」
レインは眉をひそめる。
「してるように見えるか?」
「見えないけど」
リオは正直に言った。
「正直すぎるだろ……」
レインが苦笑する。
それから少しだけ考えて、肩をすくめた。
「雑用だよ」
「荷運びとか、掃除とか、呼ばれたら何でも」
「でも長く続かない」
「どうして?」
レインはそこで、ほんの少しだけ黙った。
路地の向こうで、ヴァルがまた誰かと笑っている。
ノアの光は子どもたちのそばでやわらかく揺れている。
その音を遠くに聞きながら、レインはぽつりと言った。
「……スキルのせい」
リオの目が少しだけ変わる。
「スキル?」
「うん」
レインはあまり気乗りしない顔で頷く。
「初期スキル」
リオは急かさない。
ただ続きを待つ。
レインは、少しだけ唇を歪めた。
「笑うなよ」
「笑わないよ」
リオはすぐに答える。
レインはそれを確かめるみたいに一度だけ見てから、低く言った。
「――“接続”」
リオが、ぴたりと止まる。
レインは、その反応に気づかないまま続けた。
「意味わかんないだろ」
「俺も最初そうだった」
「鑑定で出た時、周りもみんな変な顔したよ」
その声には、慣れた諦めが混ざっていた。
「剣が強くなるわけでもない」
「魔術が使えるわけでもない」
「回復できるわけでもない」
「生産にも向いてない」
「何に“接続”するんだよって、ずっと言われてた」
レインはパンを握る手に少しだけ力を込める。
「そのうち、“ハズレ”だの“ゴミ”だの言われるようになった」
「何かできるかと思って試しても、たいしたことは起きないし」
「結局、半端な雑用しかできない」
そこまで言って、レインは苦く笑った。
「だから、まあ……」
「期待されない方が楽なんだよ」
リオは、何も言わなかった。
ただ、さっきまでより少しだけ真剣な顔でレインを見ていた。
レインがようやくその視線に気づく。
「……何」
「いや」
リオは静かに返す。
「ちょっと驚いてる」
「何でだよ」
レインは眉をひそめる。
「ゴミスキルだって言っただろ」
「レインはそう思ってるんだね」
「思ってるっていうか、そう言われてきた」
「うん」
リオは少しだけ考え込む。
夢記録。
停止時能力向上。
夢導魔術。
記録と感覚。
夢と現実。
今の自分の中で動き始めているものを思うと、
“接続”という言葉は、到底ゴミには思えなかった。
むしろ――
「……面白いな」
「は?」
レインが思わず顔を上げる。
リオは本当にそう思っている顔だった。
「面白い?」
「うん」
「だって、繋ぐんだろ?」
「人と人かもしれないし、物と物かもしれないし、まだ分からないけど」
「使い方によっては、すごく広い気がする」
レインは完全に言葉を失う。
そういう反応は、想像していなかったのだ。
慰めでもない。
気休めでもない。
“可哀想だから持ち上げる”顔でもない。
リオは、ただ純粋に興味を持っていた。
「……あんた」
レインの声が少し掠れる。
「変だよ、やっぱり」
「そうかな」
「そうだよ」
レインは即答した。
「そのスキル名聞いて、面白いって言うやつ初めて見た」
リオは少しだけ困ったように笑う。
「でも、俺はちょっと気になる」
「たぶん、まだ使い方が見えてないだけかもしれないし」
レインはしばらく何も言えなかった。
“接続”を聞いて、誰も期待しなかった。
誰も興味を持たなかった。
誰も、先を考えなかった。
それなのに目の前の男は、
まるで宝石の欠片でも見つけたみたいな顔をしている。
それが、少しだけ怖くて、
でも少しだけ、救いみたいにも思えた。
「……ほんと、変な人だな」
「さっきも聞いた」
「何回でも言うよ」
リオが笑う。
その笑いに釣られて、レインもまた小さく笑った。
路地の向こうから、今度はリュメリアの声が飛んでくる。
「リオー」
「そろそろ戻るわよ」
「はーい」
リオが返事をする。
それからレインを見た。
「また話そうか」
レインは、一瞬だけ目を丸くした。
そのあと、少しだけ視線を逸らして答える。
「……気が向いたら」
「うん」
リオは頷く。
「じゃあ、また気が向いた時に」
立ち上がる。
だが、すぐには離れず、最後にひとことだけ残した。
「レイン」
「何だよ」
「“接続”」
「俺、嫌いじゃないよ」
レインは、何も返せなかった。
リオはそれ以上何も言わず、みんなの方へ戻っていく。
ヴァルはすでに空になりかけた籠を抱え、
ノアは子どもたちに手を振られ、
ゼルクたちは路地を振り返りながら静かに立っていた。
リオが戻ると、ヴァルがにやりとする。
「お、仲良くなったか?」
「まだそこまでじゃないよ」
リオが答える。
「だが、悪くはなさそうだったぞ」
ゼルクが静かに言う。
リオは少しだけ笑う。
「うん」
「また話せたらいいなって思う」
その言葉を聞いて、路地の壁際に立つレインは、
自分でも分からない顔でその背を見送っていた。
信じていいのかは、まだ分からない。
でも、少なくとも――
昨日よりは、少しだけ違う。
そんな感覚だけが、胸の奥に残っていた。
そして一行は、ようやく小さな城へ向けて歩き出す。
王国への報告を終え、
成埜の地の脅威を持ち帰り、
貧民街へ朝と昼の食を運び、
ひとつの名と、ひとつのスキルに出会った。
朝はまだ終わっていない。
けれど確かに、
また次の何かへ向かう流れが、静かに動き始めていた。




