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外れスキルの【停止時能力アップ】実は世界最強でした  作者: 滝本りお


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王国への報告

小さな城の中に落ちた静けさは、長くは続かなかった。


“保留”の意味が変わった。

その事実を互いに受け止めたあと、

最初に現実へ引き戻したのは、やはりサイラスだった。


「……ひとつ、確認を」


低い声に、全員の視線が向く。


「成埜の地で起きたことは、もはや私兵や一領地の範疇ではありません」

「王国へ報告すべきです」


ゼルクが短く頷いた。


「同意します」


四天槍たちも異を唱えない。

むしろ、その顔には「当然だ」という緊張があった。


リオは少しだけ考えてから、静かに頷く。


「うん」

「俺もそう思う」


ヴァルが椅子に深く座り直しながら言う。


「だろうな」

「魔神まで出たとなると、さすがに“ちょっと見てきました”では済まん」


「ちょっと見てきました、で済ませようとしていたのは誰だったかしら」

リュメリアが冷ややかに返す。


「私は最初から大ごとになる予感しかしなかったぞ」


「よく言うわ」


そんなやり取りを挟んでも、空気は軽くならない。

今日の報告が、王国そのものの判断を変える類のものだと、誰もが分かっていたからだ。


ラルラゴが低く口を開く。


「行くなら、今だ」


「だね」

リオも頷く。

「時間を置く話じゃない」


ノアがやわらかく光を揺らした。


「必要であれば、私もご一緒いたします」


「うん、来てくれると助かる」

リオは答えた。

「俺だけだと、説明しながら途中で混乱しそうだし」


ヴァルが吹き出す。


「それはもう今さらだ」


「笑い事じゃないんだけど」

リオが少しだけむっとする。


「いや、かなり大事だぞ」

ヴァルは真顔になった。

「お前は“見たまま感じたまま”を伝える役だ」

「理屈を補うのは、他の奴がやればいい」


リュメリアも静かに頷く。


「ええ」

「変に整理しすぎない方がいい場合もあるわ」

「今の成埜の地は、たぶんそういう類のものよ」


ゼルクがそこで一歩進み出る。


「王への報告には、我らも同席させていただきたい」


リオが見る。


「いいの?」


「むしろ必要です」

サイラスが低く続ける。

「我らが現地で見たこと、感じたこと、そして今日ここで理解したこと」

「それを王に正確に伝える責任があります」


四天槍のひとりも言葉を継いだ。


「昨日までの我らなら、もっと距離を置いていたかもしれません」

「だが、今は違う」


その一言で十分だった。


リオは小さく笑う。


「うん」

「じゃあ、一緒に行こう」


そうして一行は、小さな城をあとにした。



王都の朝は、すでに完全に動き始めていた。


商人の声。

荷車の音。

城へ出入りする兵の足音。

昨夜とは違う熱が、王都全体に満ちている。


けれど今日の一行は、その賑わいの中にいても妙に目立った。


先頭にはリオ。

そのそばにノア。

後ろにはゼルク、サイラス、四天槍。

さらにヴァル、リュメリア、ラルラゴまで揃っている。


ただ歩いているだけなのに、

通りを行き交う者たちが無意識に道を空ける。


昨日までなら、ただの“得体の知れない一団”で済んだかもしれない。

だが今の騎士団の空気が、それを許さなかった。


彼らの背筋は伸び、

視線は鋭く、

それでいて、リオたちへ向ける気配には明確な変化がある。


距離ではなく、重みだ。


王城へ近づくにつれ、その重みはさらに増していく。


門前の衛兵たちが一斉に姿勢を正した。


「ゼルク団長!」

「サイラス殿!」

「それに……!」


続く言葉を失う。


何をどう呼べばよいのか、

誰にどの敬礼を向けるべきか、

一瞬で判断できないのだ。


ゼルクが短く告げた。


「王へ報告がある」

「至急だ」


それだけで、衛兵たちの顔色が変わる。


「はっ!」


門が開かれる。


朝の王城は、昨日とはまた違う意味で張り詰めていた。


通されたのは、昨日と同じ謁見の間――ではなく、

その手前にある、より機密性の高い小会議の間だった。


王。

側近エルド・セイラン。

そして王国の記録官が数名。


昨日より人数は少ない。

だが、だからこそ空気は濃い。


王は一行を見るなり、表情を改めた。


「……早いな」


ゼルクが膝をつく。


「急ぎご報告すべき案件と判断いたしました」


リオたちもそれぞれの距離で立ち止まる。


王の視線はすぐにリオへ向いた。


「成埜の地か」


「はい」

リオが静かに答える。


王は椅子に深く座ったまま言う。


「話してくれ」


小会議の間に、静けさが落ちた。


最初に話し始めたのはリオだった。


成埜の地へ向かったこと。

王国兵の報告通り、外縁で複数の魔気反応があったこと。

最初に出た魔獣たちは前座でしかなかったこと。


そして、魔人が現れたこと。


そこまで聞いたところで、記録官のひとりの手が止まる。


王はそれに構わず、続きを促した。


「続けよ」


リオは少しだけ息を吸った。


「魔人は、普通の魔人って感じじゃなかった」

「話し方が妙に流暢で、従えていた個体も変だった」

「それで、戦ってる途中で――」


一瞬、ノアを見る。


ノアがやわらかく頷く。


「魔神が現れました」

リオは言った。


会議の空気が、凍った。


エルドの目が見開かれる。

記録官の筆が止まる。

王だけが、わずかに目を細めただけだった。


「……魔神」


その一言は静かだったが、部屋の空気をさらに重くした。


サイラスが低く続ける。


「我らも現地で確認しました」

「魔気を意図的に抑え込んでいたとしか思えぬ個体です」

「通常の王国観測網では、捉えきれなかった可能性があります」


ゼルクも頭を下げたまま言う。


「加えて、その個体は天階分類の外にあると考えるべきです」


エルドが思わず声を漏らす。


「分類外、だと……?」


「強いて近い表現をするなら」

ノアが静かに補足した。

「天階レベルⅧ相当であっても、不思議はありません」


その瞬間、記録官が持っていた筆を取り落とした。


からん、と乾いた音が響く。


王はそれでも動揺を表には出さない。

だが、その指先だけが机を一度だけ軽く叩いた。


「それほどか」


「はい」

ノアが答える。


リオは王の方を見た。


「でも」

「退いた」


王の目が、ゆっくりとリオへ向く。


「退いた?」


「うん」

リオは頷く。

「戦ったあと、向こうから退いた」

「“次は別の形で会おう”って言ってた」


その言葉に、ゼルクたちの空気がまた少しだけ引き締まる。


王は数秒だけ黙り込んだ。


それから静かに問う。


「成埜の地は、どう見えた」


リオは少し考えた。


強い敵が出た。

危険な気配もある。

でも、それだけではなかった。


「広かったです」

リオは言う。

「思ってたよりずっと」

「未開拓地っていうより、まだ誰のものにもなってない“領域”って感じだった」


記録官の筆が、また動き始める。


リオは続けた。


「魔虫もいたし、他の魔獣もいた」

「でも全部が全部、襲ってくるわけじゃなかった」

「自然と魔が、一緒にある感じがした」


王が目を細める。


「ほう」


「それと」

リオはさらに言う。

「中心に、かなり大きな断崖絶壁に囲まれた高台みたいな場所がある」

「天然の要塞みたいだった」

「でも、少し変だった」


今度はエルドが顔を上げる。


「変?」


サイラスがそこで引き取る。


「地形が、防壁として都合が良すぎる」

「自然と断定するには、いささか整いすぎている印象でした」


ゼルクも頷く。


「人為的と断ずるには証が足りません」

「だが、違和感はたしかにあった」


王の視線が少しだけ鋭くなる。


「……成埜の地は、ただの褒美ではなかったか」


その言葉は、独り言に近かった。


リオはさらに思い出すように言った。


「あと」

「奥の方で、一瞬だけ別の影が見えた」

「笑ってた……ように見えたんだけど、はっきりとは分からない」

「すぐ消えたから、深追いはしなかった」


会議の間にまた沈黙が落ちる。


報告は終わった。

けれど、受け取った情報が重すぎて、誰もすぐには口を開けない。


やがて王が、ゆっくりと言った。


「成埜の地への立ち入りは、当面オルビス・ノヴァと、許可を受けた者のみに制限する」


エルドが即座に反応する。


「承知しました」


「周辺兵の増援は出す」

王は続ける。

「だが、深入りは禁止だ」

「観測と封鎖を主とし、接触は避ける」


ゼルクが深く頭を下げる。


「御意」


王の視線が、今度はゼルクたちへ向く。


「お前たちはどう見る」


それは、戦況の感想を求める声ではなかった。

彼ら自身の“立場”を問う声だった。


ゼルクは数秒だけ沈黙したあと、はっきりと答える。


「昨夜の件についての返答は、なお保留です」


王の眉がわずかに動く。


「だが」

ゼルクは続ける。

「その保留の意味は、もはや昨日までのものとは違います」


サイラスも言葉を重ねた。


「我らは、オルビス・ノヴァと敵対する意思を持ちません」

「必要とあらば、成埜の地の件において協力・同行・見届けを行う所存です」


四天槍たちも一斉に膝をつく。


「同意いたします」


王は、その返答を静かに受け止めた。


そしてごく小さく、息を吐いた。


「……そうか」


短い言葉だった。

だが、その一言の中に、安堵と、警戒と、覚悟が同時に混ざっていた。


リオはそのやり取りを見ながら、ようやく少し実感する。


今日の報告は、

ただの報せではなかった。


戦いの結果が、世界の側を動かしたのだ。


王国の警戒も。

騎士団の姿勢も。

成埜の地への見方も。


全部が、昨日までとは少し違う場所へ進み始めている。


ヴァルがそこで、ようやく小さく笑った。


「いやあ、朝からなかなか濃いな」


「あなたは少し黙っていて」

リュメリアが即座に切る。


だがその声も、どこか張りつめすぎてはいない。


王が最後にリオを見る。


「成埜の地は、おそらく今後の要となる」

「褒美として渡したつもりでいたが、どうやらそれ以上の意味を持つようだ」


「……うん」

リオは静かに頷く。

「俺も、そう思う」


王は椅子に深く座り直し、静かに告げた。


「ならば、見極めねばならぬな」

「土地も、敵も、そして――流れそのものを」


その言葉で、会議はひとまず閉じられた。


だが誰も、これで終わりだとは思っていない。


むしろ今、ようやく始まったのだと。

その場にいた者は、皆うっすら感じていた。


成埜の地。

魔神。

断崖の中心地。

奥に見えた影。


それらは、まだ何ひとつ答えをくれない。

けれど確実に、次の扉だけは見せ始めていた。


王都の朝は、すでにいつも通りの音に戻っていた。


だがその音の下で、

王国は静かにひとつ、動き始めていた。

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