クラスまるっと異世界召喚! 〜旧聖戦、決戦の日〜
『クラスまるっと異世界召喚!』の本編より千年前。 “旧聖戦”と呼ばれる戦いの決戦の日、その全容を書いた作品です。 もし本編を読んでくださっている方の中で先の展開を知りたくない、という方がいましたら非読をおすすめします。 今後とも『クラスまるっと異世界召喚!』をよろしくお願いします。
異世界より召喚された二人の勇者。
妖精、獣人、巨人族の王たち率いる現世軍の二大戦力が結集し、天使軍と合流。
聖戦の準備は着々と進められていた。
「本陣はだいぶ遠いな」
目の前には地を覆い尽くすほどのおびただしい魔族軍。
それを見て、勇者の一人シアンは思わず声を漏らす。
「でも私たちならできる。 だろ?」
「カミラの言う通りだぜ。 あんなんさっさとぶっ飛ばして、みんな生きて帰るんだ!」
同じく勇者であるスカーと、獣王であり恋人でもあるカミラ。
二人の戦友は、笑顔を浮かべてシアンの背を叩いた。
片足が前に出る。
シアンはフッと笑みをこぼし、再び魔族軍の方を向いた。
「そうだな。 必ず、生きて帰ろう」
彼は強く拳を握り、呼吸を整える。
まもなく、開戦の合図が送られた。
———ブオォォォォン!!!
鈍く響き渡る角笛の音。
天使軍二十万と魔族軍四百万、双方の軍が互いに向かって侵攻を始めた。
「蜂の巣にしてやるぜ! 《泰嶽震脚》!!」
前線に降り立つスカー。
振り下ろされた彼の脚は地面を鳴らし、数千の敵を中空に投げ出した。
「あのバカ、初めからとばしすぎだ」
「相変わらず元気だな」
シアンとカミラもそれに続く。
足を引き、深く腰を落とし、互いの内側となる腕で拳を握った。
「《赫焔穿界》!!」
「《風牙》!!」
一閃に凝縮された紅蓮の炎は魔族の身体を貫き突き進む。
圧縮され、高速で回転する衝撃波は地を抉り、魔族共をなぎ倒して行く。
「まったく、お前のペースに付き合うのは疲れるな」
「うるせぇ! どの道四百万もぶっとばすんだ!」
ため息をつくシアン。
スカーは興奮した様子で魔族共に殺気を放っている。
「シアン殿!」
そんな彼らのもとに、天使のバミルスが駆けつけた。
やっと後方から追いついたのだ。
「ここは我々に任せて、君たちは本陣に向かってほしい」
「分かった」
「は!? おい待てシアン! 俺はまだ………!」
体力も魔力も温存したい。
何よりこの戦い、魔族の長を倒さねばシアンたちの勝ちはないのだ。
シアンは素直にその提言を受け入れ、駄々をこねるスカーを引きずりながら前へ駆け出した。
無論、カミラもそれに続く。
「待テ! 異世界ノ人間!!」
「分かってはいたが、本当に馬鹿げた数だな」
迫り来る魔族たちを退けつつ、本陣へ向かう三人。
道中進むにつれて魔族のレベルも上がり、上位魔族もゴロゴロいたが、彼らには関係なかった。
「《青炎の羽衣》!」
群青に染まった炎を纏うシアン。
その拳はより重くなり、速度も比ではない。
一度に数十数百で襲いかかる魔族も、瞬きする間に蹂躙していった。
「《大地の咆哮》!!」
スカーが大地に拳を突き立る。
四方の地面が瞬く間に裂かれ、天に向かって流れ落ちていった。
「へ! 俺の方が殺った数多いぜ!」
「雑兵なんて気にしてない。 それにペースを考えろって何度も言ってるだろ」
なおも言い争う二人を横目に、カミラはため息をつく。
まったく緊張感がない。
だが、いつまでもそんな雰囲気ではいられなかった。
「随分ト暴レテクレタナ」
突如、シアンたちの前に七つの影が降り立つ。
辺りはドス黒い邪気で覆われ、そこらの魔族とは桁違いの圧を放っていた。
「”大罪”どもか」
現れたのは”大罪の魔族”と呼ばれる七人の最上位魔族。
【強欲】【憤怒】【嫉妬】【色欲】
【傲慢】【怠惰】【暴食】。
それぞれが一つの大罪を司る。
「ココラデオ帰リ願オウ」
「私タチ相手ニドレダケノ余力ヲ残セルカシラ」
不気味な笑みを浮かべる大罪たち。
しかし、シアンたちも動じはしない。
「一瞬で片付けてやる」
一歩前に踏み出すシアン。
そんな彼を、スカーが止めた。
「待てよシアン。 ここは俺の出番だろ?」
大罪の魔族は最上位魔族。
とは言っても、今のシアンやカミラにとってはそれほどの強敵ではない。
立ち位置的には上の下の魔族たちだ。
そんな彼らがなぜ堂々と姿を見せたのか。
なぜこれほど大きな態度を取っているのか。
その理由は大罪の能力にある。
「覚えてるだろ。 大罪は人の欲から生まれた」
そう。
スカーの言う通り、大罪の魔族はそれぞれが司る人間の”欲”から生まれ落ち、力を得ている。
つまりその”欲”が存在する限り、不滅なのだ。
それに加え、魔族の中でも珍しい“概念に干渉する”魔法や“力の大小を無視して発動する”魔法などといった特殊な魔法を使う。
彼らと戦うことは、イタズラに体力魔力を消費するだけなのだ。
「俺なら対処できる。 無駄足踏まずに先行け」
脳筋のスカーにしては珍しく冴えた考えだった。
彼は条件付きで他人の能力を奪える。
これまでの戦いで得たものも含め、スカーはありとあらゆる場面への対処法を有していた。
シアンは少し躊躇いつつも、スカーなら大丈夫だとその場を預けることにした。
「分かってるなスカー。 何があっても…」
「死ぬな、だろ? お人好しがすぎるぜシアン。 早く魔王をぶっ飛ばして来い!」
振り返ることなく応えるスカー。
互いに背中を預け、シアンは前へ向かった。
「正気カ?」
「数デモ戦闘デモオ前ジャ我々ニハ敵ワン」
たった一人残ったスカー。
大罪どもの嘲笑を、彼は素直に受け取った。
「確かに俺ぁあいつらほど強くねえ。 けどな…」
徐に構えを取るスカー。
湧き上がる彼の魔力に大地が震え、大気が揺らぐ。
「手数が多い戦闘はお前らの専売特許じゃねえんだよ! 能力頼りのてめえらなんざ俺一人で封殺しえやらあ!!」
視認できるほどに解き放たれたスカーの魔力。
やがてそれらは形を成し、水や炎、岩石など様々なものを生み出していった。
「行くぞ!!!」
繰り広げられる死闘。
触れられれば終わりというレベルの戦いで、スカーはその能力を存分に発揮していく。
生成、干渉、変質、操作。
数年培った戦いの勘と天性の感覚で多彩な力を的確に使い分け、大罪の魔族と戦っていった。
ーーー ーーー ーーー
「スカー、大丈夫だといいが……」
数秒後、シアンとカミラはさらに前に進んでいた。
「あいつの厄介さは俺たちが一番よく知ってるだろ。 スカーなら耐え切れる」
不安を抱くカミラに、シアンは迷いなくそう言い放つ。
魔王のいる城は目の前。
選び抜かれた精鋭たる上位魔族たちをなぎ倒し、その中へ侵入していった。
「侵入者ダ! 捕エロ!」
「殺セ!」
城内にシアンとカミラの侵入が伝えられ、続々と魔族が押し寄せる。
しかし、順番に相手している暇はない。
「《獄炎熾龍》!」
両手に魔力を集中させ、一気に放つシアン。
解放された炎は一匹の龍となり、自我を持っているかのようにうごめく。
そして、次々と魔族を焼き殺していった。
「あらかたいいだろう。 急ごう」
再び歩みを進める二人。
道中生き残った魔族もいたが、流石に万全というわけにはいかない。
絶対的な差のある二人を仕留めることはできず、あっさりと倒されていった。
シアンたちはひたすら魔王城を駆け上がる。
魔王がいるのはその頂上、天井のない場所だ。
もう少し、あと一階か二階も上がれば最上階に辿り着くだろう。
そう思われたその時、
「げ、もう来たのかよ」
一際大きい装飾の施された階段へとつながる門の前。
そこで、三人の魔族が待ち構えていた。
「予定より何時間早いんだ?」
「……3時間。 ……流石に予想外」
「何があろうとも、お前たちを父上様には近づけない」
“原色”。
魔王自らが選び抜いた三人の最上位魔族。
無類の強さを誇り、かつての召喚勇者を葬ったほどの実力者たちだ。
「んじゃまぁ、始めっか」
両手を向ける女。
初めに仕掛けてきたのは白夜だった。
「《氷海》」
「っ、シアン!」
「分かってる!」
白夜の魔力がフロア全体を包み込む。
濃霧のように広がったその魔力は冷気を宿し、触れているだけでも皮膚の感覚が死にかけていた。
「凍らねぇか。 これで終わってくれりゃ楽だったんだけどなぁ」
「《烈火・爆進》!!」
この状況はまずい。
そう判断したシアンは即座に魔力を展開。
両足に集めた魔力を爆発させることで辺りの冷気を飛ばしつつ、白夜の間合いに入り込む。
「速っ!?」
焦りのあまり態勢を崩す白夜。
魔法を使おうとするが、発動が間に合わない。
シアンも一人目を殺れたと思った。
しかし、
「《指刃》」
拳が白夜を捉えかけたその瞬間、シアンは腕に痛みを感じた。
一体何を受けたのか。
思考するよりも早くシアンは身をかわし、距離を取る。
「っぶねぇ…。 助かったぜ極夜!」
白夜の視線の先にいたのは同じく原色の魔族である極夜。
身に合わない大きな丈の服を着た不気味な少女だ。
「…次は無理」
「あぁ。 マジでバケモンだぜあいつ」
一瞬にして時が止まる。
そのわずかな平静を破ったのは、またしても魔族だった。
「《刈魔》」
最後の原色、魔王の実娘であるレオン。
彼女の大鎌から繰り出された高速の斬撃は虚空を突き破り、シアンの背後に迫る。
しかし、彼は振り向きすらしない。
「甘いな」
直後カミラが動く。
迸る魔力、雷鳴のように轟く轟音。
レオンの振るう大鎌を、その技ごと片腕で受け切った。
「《装哮・雷牙》」
スキル《本能解放》。
生物なら誰もが持つ自己防衛を捨て去り、本能のままその力を振るう。
溢れ出る魔力は稲妻となって体内外を駆け巡り、カミラは全身に純白の輝きを纏っていた。
「半分不意打ちでこれ、本当に笑えてくるよ」
全身に悪寒が走る。
レオンはそんな彼女を前に、一切迷うことなく距離を取った。
「勝ち目ねぇなこりゃ」
「……せめて削る」
原色二人の頬をつたい、冷たい汗が流れ落ちる。
これがシアンとカミラ。
魔族、天使にすら脅威とされた現代最強の力だ。
「《冥獄葬氷華》!」
加減していては隙をつかれて終わる。
というより、常に全力でなければ戦いにならない。
そう悟った魔族は一気に広範囲の大技を繰り出した。
白夜の魔力、凍てつく空気が辺りを覆い尽くす。
だが、先ほどとはまったく異なる技だ。
「はっ!」
彼女の咆哮とともに、深い霧が一気に凍りつく。
辺り一帯が一瞬で厚い氷の世界へと転じ、シアンたちを閉じ込めた。
「《千斬血祭り》!」
それでも油断はしない。
自身の血と魔力で生み出した無数の刃を携え、極夜はその大氷ごと二人を斬りつける。
しかし、
「《火円》」
突如展開された炎の盾により、彼女たちとシアンたちは分断された。
あの魔法を喰らったシアンは即座に反応。
極夜かレオンの追撃に備えて体外に膨大な熱を放出していたのだ。
「《刈魔》!!」
レオンはこの機会を逃すまじと応戦。
極夜を凌ぐほどの切断能力で、それらの炎を瞬く間に両断する。
この間二秒も有していない。
だが、シアンたちにとっては十分な猶予だった。
「《装哮・牙々》!!」
裂け目から見えたのは拳を構えるカミラ。
あの一瞬で数メートルある氷を打ち破り、魔力を溜めていた。
「まずい!?」
「「《邪結護界》」」
鎌を振り下ろしたレオンは防御に間に合わない。
白夜と極夜は咄嗟に邪力と魔力の障壁を作り出す。
「クソ、めちゃくちゃな技出しやがって!!」
「耐え切る………!!」
一時は混乱したレオンもすぐさま加勢。
さらに硬度を増した障壁は、カミラの虚空を撃つ拳と衝突した。
凄まじい魔力の嵐が魔界全土に響き渡る。
城内は異常なまでに揺れ動き、そこらじゅうの壁や床が引き裂かれていった。
「先に行け!」
その拮抗状態の中、カミラは叫ぶ。
「何言ってる! さっさと片付けて二人で魔王のところへ行こう!」
だが、シアンはそれを拒む。
本来原色というのは、単身で相手するものではない。
人類亜人種の上位種である天使ですら、一対一で戦える者は片手ほどしかいないのだ。
さっきの大罪とは訳が違う。
そんなやつら、しかも三人相手に恋人を置いて行くなど、シアンにはできなかった。
しかし、彼は迷ってもいた。
今の状況。
カミラの本気の攻撃を白夜たちは完全に防いでいる。
そんな彼女らを相手にしていては、体力魔力の消耗は免れない。
防御に徹するのであれば、九割九部の確率でそうなるだろう。
カミラの言葉が正しいとも、シアンは理解していた。
「シアン!!」
俯き、葛藤するシアン。
カミラはそんな彼の名を力強く呼んだ。
「…私は大丈夫だから。 信じて任せてくれよ」
振り返った彼女の顔は、戦下にいるとは思えないほど穏やかで、優しいものだった。
いつもシアンに向けていた、あの暖かい笑顔だった。
「……分かった。 ここは任せる」
その瞳に鼓舞されたシアンはついに決断を下す。
カミラを置いて、さらに上の階へと駆け上がった。
「待てシアン!」
白夜たちは突然それを見逃すわけにはいかない。
が、徐々に重さを増すカミラの攻撃を前にしては、その手を外すわけにもいかなかった。
それに、例え追いつけても人数が欠けた今では瞬殺だ。
ここは感情に任せてはいけない。
歴戦の戦士である彼女らは、己の役割に目を向ける。
「いい加減にしろ!」
カミラと原色。
その拮抗を破ったのは原色側。
ゆっくりと正面に圧縮していた魔力を放出して、カミラの技ごと辺りを爆発させた。
舞い上がる粉塵。
その中でも戦いが止まることはない。
「カミラァァァァ!!!」
怒号とともに迫る白夜。
魔力を正確に感じられる彼女らにとって、視覚的な撹乱作用はほとんど障害になり得ないのだ。
「《大氷塊》!!」
白夜のかざした両手から凍てつく空気が溢れ出す。
巨大な氷の塊となったそれは立ち込める粉塵を薙ぎ払い、隕石の如くカミラめがけて侵攻した。
だが、カミラも黙って喰らうわけはない。
「《装哮・牙々》!」
再び繰り出されたあの技。
しかし今度は虚空ではなく、確実に実態を捉えていた。
カミラの拳が白夜の氷塊に突き刺さる。
たちまちそれは砕け散り、莫大な冷気と魔力が放出された。
「(これは攻撃じゃない……!)」
それを見たカミラは一瞬でその意図を理解した。
今のは、攻撃を目的とした技じゃない。
「やっと隙が出来たね」
直後、濃霧の中から姿を見せたのはレオン。
背を向けるほど大振りの構えを取った彼女の大鎌がカミラを睨みつけている。
「《獅子狩り》!!」
かわせない、防げない。
カミラはその攻撃の危険性を本能で感じ取った。
そして、レオンの放つ斬撃がカミラに届きかけたその瞬間、
「(間に合って!!)」
彼女は直前に振るった拳を軸に体を回転。
その軌道から身体の大部分を取り除いた。
しかし、
「はぁ、はぁ。」
まったくの無事では済まない。
放たれた斬撃は城の全階層を貫くほどの威力を持ち、取り残された右腕はレオンの大鎌を受けて彼女の足元に転がっていた。
「流石に無茶じゃねぇのか? あたいら三人相手なんて正気じゃねぇぞ」
殺気を纏った白夜の視線が、カミラにプレッシャーを与える。
そんな中、カミラは笑みを浮かべていた。
「あなたたちは私一人の命懸けで十分よ」
瞬間、彼女の瞳孔に真紅の輝きが宿る。
「《狂狼》」
カミラの魔力は一層濃く強大になり、原色である白夜たちを威圧した。
「悪魔………」
これはカミラの奥の手。
短時間かつ戦闘中一度しか使えない代わりに、理性すらも吹き飛ばして身体の限界を無理矢理取り払う。
その異常なまでの力と気迫に、極夜は思わず言葉を漏らした。
「シアンの邪魔はさせない。 何があっても……!」
硬い決意を宿したカミラ。
そんな彼女と原色たちの戦いは、さらに激化していく。
ーーー ーーー ーーー
「お前が魔王か」
その頃、シアンは最上階にて魔王と対峙していた。
「勇者シアン。 一人か」
人外。
それ以上にその様相に合う言葉はない。
数メートルの身長に加え、様々な骨で作られた大剣を担いでいる。
肌は青紫に染まっており、ところどころに紋様が浮かび上がっていた。
中でも目を引くのは、その圧倒的な魔力。
身体が霞むほど深く濃い魔力を発しており、シアンですら息を呑むほどだ。
「なあ勇者よ。 我は争いを望まぬ。 聖戦も、貴殿らの侵攻に抗っているだけだ。 撤退して終戦の協定を結ぶのであれば我が軍は一切の手を引く」
「たばかるな。 お前たち魔族はそうやって人を騙す。 今まで会ったやつらもそうだった」
わずかな会話の後。
二人を静寂が包み込む。
互いに一歩も動くことはない。
相手を睨みつけ、その初動を待つのみだった
「《影移動》」
初めに動いたのは魔王。
座標指定の瞬間移動でシアンの前まで一気に詰め寄る。
しかし、シアンはそれを視認できなかった。
「《天魔轟翔》!」
「っ!?」
背に担ぐ大剣を構え、振り上げる。
これら全て、一度瞬きする間に起きた出来事だ。
シアンから見れば魔王が突如視界から消え、息つく間もなく寸分先にその大剣が迫っていた。
が、シアンも咄嗟に炎を展開。
直感で刃の当たる箇所を判別し、その場所だけを守った。
「ゴブッ!?」
しかし、それでも無傷ではすまない。
その巨大と脅威の速度から放たれた一振りは確実に彼を捉え、空へと打ち上げる。
上下半身繋がってるものの、シアンの体は悲鳴を上げ血を吐いていた。
「《破天墜刃》!!」
止まらぬ魔王の追撃。
天高く舞うシアンを再びその刃が付け狙い、魔王城へと叩き落とした。
速度を一切落とすことなく、シアンは階層を突き破り地中にまでめり込む。
その衝撃と魔王の斬撃によって、魔王城は二棟に両断されていた。
「種族が違うだけで分かり合えぬものだな勇者よ」
遥か高みから見下ろす魔王。
しかし、シアンもこれでは終わらない。
「《黒炎の羽衣》!!」
シアンの雄叫びが大地を揺らす。
立ち待ち湧き上がった漆黒の炎とともに、彼は天へと駆け上って行った。
「俺だけの戦いじゃないんだ! ここで負けてたまるか!!」
再び魔王の前に降り立つシアン。
その身から発せられるオーラを前に、魔王ですら後退りする。
「こちらも本気でゆくぞ」
大剣を背負い、構えを取る。
「《影移動》!!」
シアンの視界を大剣が覆い尽くす。
が、そこに魔王の姿はなかった。
あの瞬間移動で剣だけを投げてきたのだ。
「んなもん喰らうか!」
今度はシアンも遅れは取らない。
地面を抉るほどの踏み込みで駆け出し、容易く回避する。
しかし、
「ガラ空きだぞ勇者!!」
そんなあからさまな動きを見逃すわけはない。
魔王はすぐさま瞬間移動を使い、シアンの行手を阻んだ。
「《断魔ノ崩掌》!!」
ドス黒い魔力を纏った拳。
その一撃は四方八方にまで衝撃をまき散らし、引き裂き、膨大な魔力の波動を生み出した。
「チッ、」
無論、走ることに集中したシアンは攻撃の体勢ではない。
魔王自身避けられたり反撃されることなど想定していなかった。
しかし、彼はその程度で止められない。
「オラッ!!」
着地した足を軸に回転。
蹴り上げた足をその速度に任せて振り抜き、魔王の拳を受け止めてみせた。
「《紅閃舞陣》!!」
直後、シアンの四肢に漆黒が宿る。
その回し蹴りを皮切りに、流れるような乱撃が繰り出された。
腹を打ち抜き、頬にめり込み、地面へ叩きつける。
当たった瞬間に爆ぜる四肢の炎は追撃と初速を生み出し、一撃一撃がより重くより速くなっていった。
糸のように細い隙をなんとか掴もうとする魔王だったが、あまりの速度と威力に立て直せない。
やっと繰り出した拳や蹴りも、シアンの高密度の魔力によっていなされ、かわされるのみだ。
「なぜだ、なぜ我の攻撃が当たらぬ!?」
シアンの動きに疑問を持つ魔王。
だが、それも当然。
今のシアンは弾丸の如く攻撃を繰り出していく中で、魔王のあらゆる行動の可能性を感覚で思考し、予測していた。
反撃、回避、魔法の発動や準備、新手の介入。
幾千幾万もの可能性を常に予測し、対応しているのだ。
「化け物めが!」
このままではやられる。
魔王は一時攻撃をやめ、体内での魔力と邪力の運用に注力した。
邪力は魔族特有の力。
強力な再生力を有する消耗品のエネルギー。
魔王ともなればその効力は絶大だ。
加えて魔力とはまったく異なる性質を持つ力でもある。
流石に動きながらや思考しながらでは不可能だが、回復と操作に集中しながらなら併用も可能だ。
「(っ、雰囲気が変わった)」
シアンも瞬時にその異変を感じ取る。
魔王の内側、その奥にドス黒い力が見えていた。
「その前に倒してやるよ!!」
さらに激化するシアンの拳。
重さも速さも増していくその攻撃に、魔王の城は悲鳴を上げるように崩れ始めていた。
「《灼煌熾天》!!」
ついに繰り出されたシアンの大技。
一点に魔力を集約し、加速して叩き込む。
もはや受ければ魔王とて必死の一撃だった。
しかし、
「今だ!」
ほんの一瞬。
身体と密着するその瞬間を狙われて、シアンは右腕を掴まれてしまう。
「問題ない!!」
自分が何をされたのか。
その狙い、次の行動を予測しつつ、シアンは冷静に動く。
即座に腕の炎を爆破させ、脱出しながらの追撃を試みた。
「違うなぁ勇者!」
不適な笑みを浮かべる魔王。
その瞬間、拳の向かっていた胸元から紫光が漏れ出した。
「《冥滅魔煌閃》!!!」
「しまっ!?」
紫色の閃光が魔王の体内から溢れ出し、シアンもろとも天を裂く。
魔王は気づいていた。
自身の行動が読まれ、何をしても順応されることに。
だから動きを止めた。
身体を回復しながら魔力と邪力を凝固させ、回避も防御もできない絶対的な威力、範囲を誇るこの大技を放つために。
「はぁ、はぁ。 流石に消耗しすぎたな。 レオンたちはどうなっただろうか」
空から落ちたシアン。
その皮膚は焼け爛れ、いたるところから中の肉が漏れ出ている。
片腕どころか半身が抉れ、もはや呼吸をしているのがやっとだった。
「できれば殺したくはなかったが、致し方あるまい」
トドメを刺している暇もない。
魔王は想像以上の攻撃を喰らった上、体内の魔力と邪力をほぼ使い果たしていた。
勝ったとは言えど気が抜ける状態ではない。
そう、思っていた。
「待てよ…」
「なっ!?」
直後、背後から感じたのはシアンの魔力。
振り返る魔王。
その視線の先で、死んだはずのシアンは笑みを浮かべて立っていた。
「言ったよな俺は。 この戦い、負けるわけにはいかないって!!」
今まで見たどんな強者よりも、どんな怪物よりも強大で異質な力。
天は荒れ、大地が怯え、大気はその場を逃れようとうごめく。
「一撃だ。 これに俺の命をのせる」
利き手を失ってなお、拳を構えるシアン。
そんな彼を前に、魔王は恐怖すら覚えていた。
「随分な大言だな。 命をのせるだと?」
「ああ。 もしこれで倒せなかったら、俺の負けだ。 潔く死んでやるよ!」
その瞳は澄み切っていた。
死にかけているというのに恐怖もない。
諸悪の根源たる魔王がいるのに憎悪もない。
殺意も、敵意もなく、ただ真っ直ぐ魔王を見ていた。
「…受けて立とう。 シアンよ!」
そんな彼を前に、魔王も向き合う覚悟を決める。
その体に残った力、ありったけの魔力と邪力を抽出。
限界まで圧縮されたそれらはやがて光を失い、全てを飲み込む純粋な“闇”となった。
「魔王!!」
紅蓮の輝きを宿すシアンの瞳。
彼もまた、残った魔力を全て投じて片腕に集約させる。
赤、青、黒と移り変わるその炎からはやがて金色の光を宿すに至っていた。
「《滅界》!!!」
「《天黎焔牙》!!!」
ぶつかり合う二人の技。
放出された闇は周囲の虚空を引き摺り込み、その重みを増幅させていく。
シアンは決死に最後の拳を打ち出し対抗した。
しかし、
「クソッ!! (このままじゃ足場も身体も持たない!)」
彼の体はすでに限界を超えていた。
地面を踏み締めればその度に足場が崩れ、徐々に押し出されていく。
魔王の全力を前にその拳を振り抜く余力はどこにもない。
「終わりだあ!!」
凝固し肥大化する魔王の闇。
やがてその漆黒は溢れ出し、濁流のようになってシアンを飲み込んだ。
「まだだ!! まだ倒れるわけには……!!」
その闇の中、シアンはなおも争い続ける。
だがすでに勝負は決していた。
周囲を飲み込み一層力を増す魔王の闇。
対してシアンは力を失いつつある。
体を支える彼の足は震え、体のいたるところから泣き叫ぶように血飛沫が上がっていた。
その場にいれば一目瞭然。
誰もがシアンの敗北を思い浮かべていたであろう。
が、その時、
「シアン!!」
どこからともなく彼の呼ぶ声が聞こえてきた。
「シアン!! 負けないで!!」
「美味しいとこ譲ってやったんだ! そんなんでめげてんじゃねぇ!!」
カミラとスカー。
それはこの数年、背中を預けあってきた戦友たちの声だった。
「っ、この力は!?」
次の瞬間、死にかけていたシアンに再び力が湧き上がる。
それを感じたシアンは何が起きたのかを即座に理解した。
「カミラ!! スカー!!」
二人が名を呼ぶと同時に行ったのは、自身への制約。
条件を課すことで強化できるとい魔力の特性を利用した、シアンという他人への強化付与。
自分たちの死すら覚悟した、個としての敗北も容認した上でのものだった。
「ありがとう、二人とも………!!」
「なんだ!?」
直後、シアンは魔王の闇を打ち破る。
引き裂かれた漆黒の中から、純白の輝きを模した彼の魔力が現れた。
「俺の、勝ちだ!!」
「バカな!?」
魔王めがけて繰り出させる最後の一振り。
彼の拳は一閃の光となり、魔王の腹を突き破った。
「我が……負けた……?」
崩れ落ちる魔王。
視界も感覚もなくなる中、彼はシアンを見つめていた。
「…本当に……惜しい……な………」
魔王は完全に灰となり、消え去る。
「はぁ……。 はぁ……」
———バタン。
数秒も経たずにシアンも倒れた。
全身から力が抜け、彼の下には血の池ができていた。
ーーー ーーー ーーー
同刻。
カミラたちの戦闘も終わりを告げる。
「終わりね」
片腕に加え、カミラは片目も失っていた。
対する原色も深傷を負っている。
レオンは前線で戦っていた時にシアンたちの流れ弾を喰らい、カミラの追撃を受けて瀕死状態。
極夜と白夜もそれぞれ魔力を使い果たし、邪力による回復も間に合わないほどのダメージを受けていた。
「………僕らの負け」
「ああ」
白夜たちは魔王が消えたことを感じ取っていた。
だからこそ制約によって生身となったカミラを前に、素直に負けを認めたのだ。
「私ぐらいは殺せるわよ。 しないの?」
「これ以上血を流す意味はねぇ。 それより早く行かねぇと、勇者様が死んじまうぜ?」
「潮時……」
二人はレオンを担ぎ上げると、闇の中へと消えていった。
スカーの方も同じだ。
魔族という種族としての敗北を喫したのなら、殺す意味も戦う理由もなくなった。
そう言って、大罪たちは消えていった。
この日、聖戦という長い戦いに終止符が打たれたのだ。
シアンという異世界の勇者によって。




