第9杯 帝国の恨み
時は経ち1940年5月…
第二次世界大戦序盤、それは「まやかし戦争」と呼ばれた時代。大戦を避けたい国々でしたが、ドイツはポーランド、オランダ、デンマークを占領。領土は広がり、ドイツを手に負えなくなり始めます。そして、ついに…。
[臨時ニュースをお届けします。全ての国民の皆様にお伝えします。本日、フランス政府はドイツ陸軍と交戦状態に陥ったと発表致しました]
1940年5月10日、ドイツ軍はフランスへ侵攻を開始。機動性の高い戦車を先に走らせ歩兵が後をついていく電撃戦で圧倒的なスピードでフランス軍を制圧していきます。第一次世界大戦で敗北したドイツにとって、まさに恨みそのものでした。
「あの要塞があれば大丈夫だろ」
お客の1人がそう言いますが、マジノ線は確かに脅威でした。
しかし、ドイツ軍はわざわざ要塞に立ちはだかることはせず、迂回するという手段を行ったのです。唯一警備が薄かったのはルクセンブルクからベルギーの国境。要塞建設の際に、この場所を塞ぐことはベルギーとルクセンブルクを見捨てることに等しく批判があったのです。また、ベルギー内にも要塞は存在した他、森という天然の要塞が路を塞いだため、建設はしなかったのでした。ですが、ドイツ軍の戦車は森の木々を倒し進軍。迂回する路を作ってしまった上、ベルギーとルクセンブルクも攻撃を受けることになります。
「エマ。イリスは見つかった?」
「ううん…。どこに行っちゃったんだろ…」
エマとジャンヌ、そして店長や料理人さんもイリスを探していました。
しかし、いつまで経っても見つかりません。あの手紙だけを残してどこに行ってしまったのです。
「なんとしてもラルメ・アレマンド(ドイツ軍)が来るまでに見つけなきゃ…」
イリスを探して数ヶ月経っても見つからず、既にドイツ軍はパリへ向ってきていました。5月16日のことです。
臨時休業となったレ・キャフェイ・カデでは、1日中イリスを探す旅になっていました。エマは既にパリから離れ、これ以上行ってしまうと戦闘に巻き込れてしまいます。
「今日が最後の日…どうかイリスが無事でありますように…エイメン…」
エマがそう願った矢先、サイレンのような音がして、皆が上を見ると、逆ガル翼の爆弾を乗せた急降下爆撃機が迫ってくるではありませんか。
「空だ!伏せろ!」
市民が逃げ出し走ります。
ドッカーンと、道路のど真ん中に爆弾が落ちて爆発しました。
Ju−87 ストゥーカ。ドイツが開発した急降下爆撃機、いっきに上から降下して爆弾を落として行くという兵器です。ストゥーカには特別な部品が載せられ、急降下する際にサイレンのような音が鳴るのです。
咄嗟に地面に伏せ、爆風でエマの髪が浮き上がります。今の爆弾で数人の市民が血を流し倒れ、悲鳴を上げている人もおり、近くの建物は壁が崩れています。
「エマ!」
「店長…」
店長がおんぶをしてエマを連れて行きます。
店前には土嚢が積まれ、看板や机、柵などで補強したバリケードを作っていました。
「エマ!大丈夫!?」
店中の人が彼女を心配しました。それもそのはず、家族の1人なのですから。
「なんでこんなにお店に人が…?」
「この人達は私の戦友だ。退役したがな」
よく見ると、腕がなかったり、脚がなかったりと、数名は何かしらがありません。
「俺は砲弾で腕が飛んじまった」
「俺は塹壕足さ」
塹壕足。かつての第一次世界大戦は弾丸や砲弾から身を守るために、地面を人が隠れるほど掘り、そこから身を乗り出して銃撃戦をしていたのです。この場所を塹壕と言います。しかし、ただ掘っただけに等しく、地面は土の場所が多かった故に雨が降り泥濘ができて、水溜りになり、浸水してくると、人の足は完全に泥水に埋もれ、傷があると破傷風になったり、冷たい水のせいで足が壊死してしまう兵士が続出したのでした。これを、塹壕足と呼ぶのです。
「ラルメ・アレマンドがきたぞ!ラルメ・アレマンドが来た!」
店の外で民間人が叫んでいます。
店の奥から戦友達がM1897 75mm野砲を出してきます。埃が被っているようです。
「あれいつからあったの店長!?」
ジャンヌが驚きました。
「言ってなかったかな?前の戦時中は、ここは喫茶店じゃなくてフランス軍の小さな武器庫だったんだ。その名残だよ」
「初耳だよ…」
「君達は下がっていなさい。店の一番奥に居るんだ。アレマン(ドイツ人)が来ても絶対に息を潜めること。いいね?」
2人の看板娘達は頷いてお店の一番奥に逃げていきます。
「来たぞ!」
「撃て!」
野砲の拉縄を引き砲弾が敵部隊を蹴散らします。
「装填急げ!」
装填をしている間、店長達が応戦します。
一方、看板娘達は店の一番奥だった倉庫に身を潜めていました。
「…私達…これからどうなっちゃうんだろ…」
「戦車だ!」
前方からドイツ軍のⅡ号戦車が機関銃を撃ちながらゆっくりと前進してきます。
「撃て!」
戦車に向かって1発放つと、機関砲の砲身が割れ発砲できなくなり、機関銃を撃ちまくります。
「装填!」
ズドンと、後方からフランス軍の戦車が1両のそのそと前進してきます。ルノーB1bis重戦車です。
ドイツ軍が野戦砲をゆっくり前に押しながら進み、B1bisに向かって撃ちますが、何事もなかったかのように主砲を野戦砲に向け撃ち返します。野戦砲は瓦礫のように崩れました。
「味方の歩兵はいないのか!」
戦友が味方に向かって叫びます。すると、キューポラを開けて戦車長が言い放ちました。
「俺らだけだ!」
本来、当時の戦車は歩兵を随伴しつつ前進する兵器です。しかし、最強要塞マジノ線を突破されたフランス軍は大混乱に陥っており、統制が全くできていませんでした。また、兵器も旧型が多く、20年以上前までの兵器が通常配備されていたのです。結果、このように量産が少なかったB1bisは散らばるように配備され、耐え抜かなければならなくなったのでした。ですが、これが以外と上手くいき、B1bisの厚い装甲と強力な主砲はドイツ軍を苦戦させ、散らばることで包囲してもこの戦車を破壊しなければ前に進めないといった状況を作り出したのです。
「とりあえず俺らはここで時間稼ぎだ!君らも耐えてくれ!」
こうして、地獄が始まったのでした。