第8杯 揺らぐ、揺らぐ日常
9月1日、ポーランド国境…
「Los! Los! Los!」(進め!進むんだ!)
鉄十字が描かれた戦車や装甲車が進み、ポーランドの国境警備隊を突破します。
東側のポーランド国境では赤軍が進軍していました。
9月1日夜明け
ドイツ・スロバキア・ソ連によるポーランド侵攻開始
9月3日 正式に宣戦布告
第二次世界大戦 ヨーロッパ戦線 開戦
この日、第二次世界大戦が始まりました。ドイツ、スロバキア、ソ連によりポーランドは攻撃を受け、10月6日、ポーランドは陥落したのです。
「ついに始まっちゃったね…」
戦争の姿。それは多様であるということを彼女ら知りませんでした。
ある日の朝の事です。
「…イリス?」
エマが部屋を開けると、そこには窓が空いたままのもぬけの空状態でした。
「…まさか!」
机の上には手紙が置いてありました。
その手紙には「ありがとうみんな。でも、ごめんね。ならなきゃいけなことがあるの」と書かれていました。
手紙の下には、勉強本だけでなく、様々な本が重なっています。
その1つに、赤い表紙でドイツ語が題名の本がありました。
「…なんて読むんだろ……マイン…カンプ…?」
『マイン・カンプ』。それは1925年から1926年にかけて発刊された本で、主にナチズムや反ユダヤ主義を題材にした政治的な本です。著者は、第一次世界大戦を経験したとあるドイツの有名人でした。
「内容はフランス語だけど……随分難しいな…」
5時間前の夜中。イリスは彼氏を呼んでいました。
「こんな遅い時間に会いたいなんてね。何かあったのかい?」
1921年、パリ…
店長が普通に戻るには時間がかかりました。
開店当初、人々から鳴る音は銃声や砲撃に聞こえていたのです。ですが、それは幻聴だと理解し我慢しながらも生きてきました。
ある日のことです。知り合いの女性が娘の世話を頼んだのです。
「どうか…ジャンヌをよろしくお願いします…」
「わかりました」
1人の娘はまだ1歳にも至っていない赤ん坊でした。しかし、この赤ん坊が独身で戦争からの病を患う昔の店長に大きな変化をもたらせました。
1931年…
なんとか10年間育てたジャンヌは立派に育ちました。
この年はレ・キャフェイ・カデを開店した頃です。
「店長。あの、この子、食べるものが無いらしくて…食べさせてあげられないかな?」
手を繋いできたのはジャンヌより小柄な子でした。
「そうだね。ただ、今は経済的に厳しいんだ。わかってくれるかい?」
「でも!」
「分かってるよジャンヌ。食べさせてはあげよう。ただ、ここで働いてくれるかい?ジャンヌと一緒にね」
その子は頷き、一緒に働くことになります。彼女には家族も家もない子でした。名前は、エマ。
1934年…
それから3年。ジャンヌとエマは新しい友達を見つけます。名前はイリス。最近になってパリに引っ越してきた少女で、すぐさま周囲で人気になりました。
そんなイリスは、レ・キャフェイ・カデの常連さんでした。
「じゃあクロワッサン3個!」
その無邪気で子供のように活発的な性格は、すぐにジャンヌとエマと親しくなったのです。
イリスは、ある日、ボロボロになった服でレ・キャフェイ・カデに逃げてきました。
実は、強盗に入られたのです。
両親は殺され、学校にも行けなくなりました。代わりに、レ・キャフェイ・カデで働くことを条件に看板娘の1人としての人生を歩むことになります。
ここまでで、店長の性格は地の底から戻ってきたのでしょう。
ただ、ポーランド侵攻のニュースを見て、その地の底に眠っていた感情が再び目覚めます。
夜、店長は誰かに電話をかけていました。
「全員集合だ。フランスを守るぞ」