第6杯 イリスの道
イリスは緊張しながらアレクサンドル3世橋で待っていました。
天気は晴れ、微風が少し。そして過ごしやすい気温。デートには最適な日でした。
「やぁイリス。時間通りだね」
「うん!」
彼氏には綺麗で大人びたイリスが写っていました。お洋服のおかげです。
「新しい洋服?似合ってるね」
「ありがとう!」
パァァッと溢れる笑顔が彼氏を襲います。
「それじゃ行こうか」
「うん!」
手を握り幸せそうにグラン・パレに入ります。
「見てみて。あの絵凄い綺麗だよ」
「どれどれ?」
2人の後ろに、こっそりエマが隠れています。デートや彼氏彼女関係になっていたのは知っていたものの、どんな人なのか、どんな感じなのか知りたかったエマは跡を追っていたのです。
「…イリスがあんなに輝いてる…眩しいくらい」
エマはさらに追跡します。
イリス達はグラン・パレを出るとカフェやお店でゆったりと過ごし、エマは邪魔してはいけないとレ・キャフェイ・カデに戻っていきました。
「…その、今日は楽しかった」
「僕もだよ。…イリス。実は一つ相談があるんだ」
「相談?」
「僕の親はある店を営業してるんだけど、稼げてなくて、経済的に苦しいんだ。お金を貸して欲しいってわけじゃないよ。ただ、おかしいとは思わないかい?」
「おかしい?」
「うん。頑張って一生懸命働いて、ほとんど無休なのに報われない。おまけに、僕にはまだ働くなって言って負担してくれてる。申し訳ないんだよ」
イリスは一目惚れしてしまったのもありますが、彼のこの優しさにも惚れてしまったのです。それが今、再燃し始めました。
「…確かに。みんな幸せな暮らしをするべきだよね」
「世界恐慌の影響もまだまだある。将来どうなるかわからない。だからさ、一緒にこの国を変えてみない?」
「…政治に参加するの?かなり難しそうだけど…」
「やってみなきゃわからないさ!フランスはこれまでにたくさん革命を起こしてきた。やれるかもしれないって歴史が言ってるんだよ。どう?」
「…うーん……ちょっと、考えとくね」
「わかった。ありがとう。それじゃあまた今度会おうね!」
レ・キャフェイ・カデに戻り自室に篭り考えこみます。
「…お父さんは、戦争で国のために、お母さんは娘の私のために…。貢献なんて、考えたことなかったな。…私は、このお店のためにやってきたのかな…?…今から、彼のためにしても、まだ間に合う…?」
彼の笑顔が頭によぎります。
「…まだ間に合う…よね」
[速報です。ドイツはドイツ・ポーランド不可侵条約を破棄したと発表しました。これによりポーランドへ領土要求を行っており…]
「参ったな。これじゃあまた戦争だぞ」
「どんどん悪化していくな…」
お客が不安がるのには理由がありました。
4月28日、ドイツはドイツ・ポーランド不可侵条約を破棄。これはいつでもドイツがポーランドに戦争を仕掛ける可能性があることになったのです。スペイン内戦で軍事力を拡大させた故、緊張状態が続くことになります。さらに、4月中にイタリアがアルバニアに侵攻。イギリスでは徴兵制を再開、ハンガリーは国際連盟を離脱といった、4月は第二次世界大戦前夜を終わらせようとした月となりました。
しかし、世界情勢の悪化は止まりません。
5月にはスペインが国際連盟を離脱。そして5月12日に満州にて日本とソ連が衝突、通称、ノモンハン事件が勃発。日ソの関係と日ソ国境紛争はより悪化することになります。
こうした背景に、イリスは政治に興味を持つようになります。
「…このままじゃ、また戦争が始まる…。そしたら、みんなとも…彼とも会えなくなる…」
イリスは本屋に寄って、政治関係の本を買い勉強し始めます。
必死に勉強し、気づけば7月になっていました。
「店長」
「どうしたんだいジャンヌ?」
「ここ2ヶ月ぐらいイリスが凄い勉強しててさ。最近遊ぶことすらしてなくて…。エマも心配してきてるんだよね」
「確かにそうだね。まぁ、勉強熱心なのはいいことだ。彼女がやりたいならそれでいいとは思うが、やりすぎはダメだね。それを教えてあげなさい。それに仕事に影響を出してしまってはみんなも困るだろう?」
「はい」
「ただし、イリスも困らせてはいけないよ。イリスがあんなに熱心なのだからね」
「はーい」
「ああ、後、今度の革命記念日に今年も軍事パレードを観に行こう。イリスとエマにも伝えてくれ」
「わかりました」
イリスの部屋の扉にノックをし、中に入ります。
「イリス?ちょっといい…か…」
イリスは寝ていました。手を組んで枕代わりに、下にはノートが置いてあります。
「…全く。風邪引いちゃうよ」
毛布をイリスに被せる時、ノートの内容が見えます。
「…何だこれ…めちゃくちゃ難しい内容…。ノートびっしりだし…。こんなに一生懸命勉強してるんだ。…今ブレーキかけたら可哀想か」
そのまま電気を消して静かにドアを閉めて、ジャンヌは自分の部屋に戻ります。
「…がんばれ。イリス」