第5杯 動く世界
「郵便?」
手紙を開けると、そこには店長宛に打たれたタイプライターの文字が書かれていました。
「店長。知り合い?からかな。手紙が届いてる」
「ほう?」
手紙を見ると、そこにはかつての戦友からの手紙だと一瞬で分かりました。
「…ジャンヌ。今日は帰りが遅くなる。用事ができてしまった。みんなにも伝えておいてくれ」
「わかりました〜」
トレンチコートを着て自転車に跨り一気に走っていきます。
「店長、すごい真剣そうな顔だったな…」
店長がある一軒家に訪れました。
「よく来た。とりあえず中に入ってくれ」
中に入ると、戦友は真剣な顔で店長に話します。
「一緒によ、国際義勇軍に参加しねぇか?」
「国際義勇軍?あのスペインの多国籍部隊か?」
「そうだ。どうせまた戦争が始まる。トラウマを思い出せって言ってんじゃない。自由と平等のために、今の世の中のために戦うんだ。世界大戦の時のように国のためじゃないし、人類に貢献できるんだぜ?」
その話を聞いた店長は、この言葉だけを残してさっさと帰ってしまいました。
「断る」
1936年〜1939年にかけてスペインでは大規模な内戦が起きていました。これをスペイン内戦と言います。政府側である共産主義派、そして反政府側のファシズム派によるこの内戦は、第二次世界大戦の前夜として語られています。なぜなら、本格的な共産主義国家対ファシズム国家(後の連合国と枢軸国)の戦いだったためです。これにより、相手の兵器の特徴を押さえたり、自国の兵器がどれくらい動くかといった実験になりました。
そんな中、他の国は見て見ぬふりをしていました。
世界恐慌の影響が続いていた国々(例:フランス、イギリス)は右派による政府の反感が多く、経済的にも余裕はなかったため、戦争に参加することはリスクが高かった他、第一次世界大戦のような大規模戦争を恐れていたのです。
この対応に遺憾を示した人々は、自ら志願する、"義勇兵"という立場で参戦。後に国際義勇軍と呼ばれるほど大規模な義勇軍となり、フランス人やドイツ人、ポーランド人といったヨーロッパ人だけでなく、アメリカ人、カナダ人、メキシコ人、中国人、日本人などなど、世界中から集まっていたのでした。また、そのほとんどが共産主義者で、学生や労働者、インテリといった人々でした。
スペインには多くの記者やカメラマンもいたことで、戦況や義勇軍のことは世界中で報道され、再び大規模戦争になるのではないかといった不安を抱えることになります。
後に、戦友はフランス人義勇兵として参加。反政府軍と死闘を繰り広げました。
しかし、1月26日、バルセロナの戦闘で政府側は敗北。約1ヶ月後の2月27日にはフランスとイギリスがファシズム派であるフランコ政権を正式な政府として承認。事実上、スペイン内戦はファシズムの勝利を意味しました。これは武器供与といった援護をしていたドイツとイタリアの勝利ともいえます。
3月28日、スペイン首都のマドリード包囲戦で政府側は敗れ、終戦。
戦友は粛清対象となり、スペインで処刑されました。
そう。国際義勇軍は敗北したのです。
国際義勇軍の一部は首都陥落後も退却をしつつ戦闘を続行。4月1日、フランコによる勝利宣言が行われ、スペイン内戦は完全に終戦しました。国際義勇軍参加者は処刑、虐殺され、母国に帰れても職を失ったり、民主主義国家からすれば裏切り者とされ、差別される結末が待っていました。これが理由で、母国にいる反政府組織やテロ組織に参加する元義勇兵が増えたとか。
「…何が人類に貢献だ…」
「イリス〜。進展はあった〜?」
イリスの部屋にエマが入って茶化します。
「…そ、その…ね。エマ。2人だけの秘密だよ?」
「うん」
「…今週の日曜日デート行く」
「ええ〜!?」
「ちょっ…声が大きいって…」
4月にもなると、エマの恋愛事情は大きく進展していました。
「とりあえず、お洒落していかなきゃ」
「服買いに行くのか?」
「うん。最初はお洒落が全てだよ!」
イリスは服を買いに行きます。しかし外は曇っていて、なんだか張り切れません。
「ボンジュール。イリスちゃん」
「ボンジュール イリス」
「イリスさんボンジュール」
喫茶店の中でも、イリスはアイドル中のアイドル。パリの人気者です。
トラムに乗ってパリを移動します。
「いらっしゃい」
服を買いに尋ねると、シャネル・スーツやリトルブラックドレスが揃っています。
1920年代〜1930年代にかけてのお洒落ブームはココ・シャネルというファッションデザイナーに影響を受けていました。まさに、現代ファッションの黎明期なのです。
「…あ、あの私に似合う服は…ありますか?」