第4杯 あの年へ
「「「ボナネ!」」」(ハッピーニューイヤー!)
喫茶店のみなさんが祝っていますね。
「店長特製のガレット・デ・ロワだ!さぁ!みんなで食べよう!」
ガレット・デ・ロワ。フランスで新年に食べる、いわば日本で言うおせち的なパイ。中には陶磁器が入っているものがあり、入っていた人には、その日の王様になれるのです。まぁ王様ゲームみたいな感じということですね。
新年のフランスは賑やかです。
日本の新年、つまりお正月は炬燵でダラダラ夜更かしするのがあるあるですが、フランスはどうでしょう。
フランスでは、やはりヨーロッパ文化だからなのか、友人を呼んで、歌って踊って飲んで食ってをするのだそうです。日本と大違いですな。
「陶磁器があるのはどのガレットかな。ちなみに私ごと店長はどれにあるか知らないぞ」
「私だー!」
陶磁器があったのはジャンヌです。
「命令は、イリスもエマも、店長も料理人さんも、みんな一緒で寝てみたい!」
この願いを聞いた瞬間、みんなの心情は一気に変わりました。
ジャンヌは幼い頃からひとりぼっちだったのです。
両親はジャンヌを産んで間もない頃、この店の店長に引き取られました。父親はフランス空軍として従軍し、パイロットでしたが、ある日ドイツ軍の対空砲で墜落し戦死。母親も戦争で腕を失い、本来の職業であったタイピストを辞め、もう育てられないと考えた矢先に仕方なく友人であった店長にお願いをしたのでした。彼女は両親の顔を覚えておらず、常日頃と家族全員で一緒にいたい気持ちが心にあったのです。
「…ジャンヌ」
店長が聞いた。
「寂しいかい?」
ジャンヌは顔を横に振ります。
「ううん。寂しくないよ。みんな仲いいし、一緒だし…でも、みんなで一緒に、1日だけでも多く一緒にいたいし、その方がもっと楽しくて…その…」
店長は抱きしめました。
「…すまない…」
店長にも、辛いがありました。
店長はかつてフランス陸軍に所属しており、第一次世界大戦の地獄の1つ、西部戦線で激戦を経験しています。飛び交う弾丸と砲弾。底なし沼に溺れる味方、精神的に狂った人々。そんな地獄を生き抜いた店長は、自分は生き残ってしまったという罪悪感に悩まされていました。
20年前…
1918年11月11日11時0分。第一次世界大戦の停戦協定が結ばれ発効されました。それにより各戦線に伝令使や軍鳩を渡って停戦命令が言い渡され、戦闘は止まったのでした。
「おいフランス人。ドッグタグを集めろ」
戦場掃除を行うドイツ兵にいわれ、ヘルメットを使い次々敵味方のドッグタグを集めます。
その名前には、かつて戦友だった者もおり、店長をさらに苦しめたのです。
店長の実家に入ると、母が待っていました。
「…あんた…生きてたのかい…?…良かった…良かった…」
母はいますが、父はいませんでした。それは停戦から1週間経っても。
「…父さんかい?…父さんは…。おいで。あの人も会いたがってる」
母がワインを持ち、店長と共にとある場所へ向かいました。
そこには、みよじと名前と西暦が書かれた十字架が経っていたのです。
そう。父は戦死していたのでした。
イリスと似た過去を持つ店長は、その悲しく寂しいのに複雑な感情を理解できるのです。
「さて、みんな寝ようか」
エマがそう時計を見ると、針は深夜2時を指していました。
2階でマットレスを引いて消灯すると、みんながジャンヌの側に近寄って寝ます。
「み、みんなどうしたの〜?狭いよぅ〜」
みんなの顔は笑顔でした。
ジャンヌは暖かくなっていました。
1939年1月9日…
「今日から再開かぁ…なんだか休みも一瞬だったなぁ」
「ねー。気づいたらもうこんなに経ってる」
「休んだ気がしないな」
3人の看板娘がぐーっと体を伸ばします。
開店時間になると、お客様が1人、2人と、数十分刻みで入ってきて、いつの間にか空いている椅子の数も少なくなってきました。
「イリス〜。外のパラソルを開いてくれる?晴れてきちゃった」
「はーい!」
外に出てパラソルを開いていると、イリスの目に1人の同じ年ぐらいの男の子が止まります。
「…かっこいい…」
「イリス?」
「はいっ!?」
「何をそんなに驚いてるんだ?」
エマが不思議そうに聞きます。
「い、いや。ちょっとびっくりしただけ…」
「ふーん。さてはエマ、恋でもしたか?」
「いやいやいやいやべ別に!」
「安心しろ。秘密にしてやる」
「…なんでわかったの?」
「何年一緒にいると思ってる?」
「うぅ…」
それ以来、イリスはあの男の子がいないかと、外に出る時はキョロキョロしたり、店内ではよく外を見ていたりと、落ち着きがありません。
「イリスちゃん?どうかしたのか?」
お客がそう聞きます。
「い、いえ」
裏では店長とジャンヌがコソコソ話していました。
「…なんか最近イリスが変じゃないですか?」
「私もそう思っていたところだよ」
1人の看板娘が、大きく成長しました。
しかし、その成長が何に向かうのか。彼女達はまだそれを知りません。




