第2杯 日常
「おはよう…」
カーテンを開けると、日光が差し込みます。
時計は朝6時を指していました。天気晴れ、清々しい少し早い朝を迎えます。
朝起きればバケットにバターやジャムを塗り、カフェ・オ・レを注ぎ、ジャンヌ、イリス、エマのいつもの3人で朝ごはんを食べるのです。
食べ終わると、朝ごはんの皿洗い、歯磨きをし、ウェイトレス制服に着替えます。そして、店内に降りて支度をし、朝8時にCLOSEと書かれた看板をOPENに裏返します。こうして、彼女達のお仕事が始まるのです。
「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」
ここは隠れた名店。知る人ぞ知る場所が故にお客は以外と少ないのです。とはいえ、前のように列ができることも。
いつものように行く日もあれば、トラブルが起きる日もあるのです。
「セルヴーズ!」
「はい!ご注文、お伺いします」
「セルヴーズ!」
「はい!只今!ごめんイリス。案内して」
「はーい」
フランス式ではない服を着た女性が来店します。
「いらっしゃいませ!ご案内いたします」
席に座ると、その女性は言い放ちました。
「Ahh, Entschuldigung ich kann kein Französisch noch Englisch…」
「へっ?え、えーっと…ど、どうしよう…」
お客さんが喋っていたのはフランス語ではありません。彼女らは対応に困ってしまいました。
そこに店長が現れます。
「どうしたんだい?」
丁度よく店長が現れました。
「あっ、店長さん。その、フランス語が喋れないらしくて…」
「ほう。Where are you from?(どこ出身ですか?)」
「Deutschland」
「アルマーニュ(ドイツ)ですか。イリス。ここは私に任せなさい」
そう言うと、店長は流暢なドイツ語で注目を伺います。それは、自然な喋り方でフランス訛りもない、見事なドイツ語でした。
そのドイツ人は紅茶とデザートを食べ、笑顔でお店を出て行きました。
「店長すごい!ありがとうございます!」
イリスが目を輝かせて店長を尊敬します。
「昔、ドイツ語を習っていてね。久しぶりに喋ったよ」
実は、フランスでは古くから学校でドイツ語が人気科目でした。現在に至ってもそれは変わらず、上流層からの人気も熱いのです。しかし、当時のドイツを見て、1938年の時点でドイツ語科目の人気は低迷していたと言います。
「でも、珍しいですね。このお店に外国人が来るなんて。パリでさえ知らない人いるのに」
「迷ってここに辿り着いたのだろう」
当時フランスには少数のドイツ人がフランスに駆け込んでいました。当時のドイツ政権のナチスは反ユダヤ主義を掲げています。これにより同じドイツ人でもユダヤの血が混じっていた場合、その場で処刑か強制収容所送りになるという結末が待っていました。この行為をホロコーストと言います。ホロコーストから逃れるため、ユダヤ人達は世界中に逃げて行ったのです。尚、ユダヤ人かの検査をする方法は、科学的根拠のない方法でした。
「3人とも。お昼に入ってくれ」
「はーい」
「今日は何かなー」
「お腹すいたー」
2階のダイニングルームに行くと、ポーチエッグとポロネギの和物、マグレ・ド・カナール、バケット、チーズ、ジャム、イルフロタントが置いてありました。
「相変わらず料理人さんの料理は美味しそうよね」
「実際も美味しいけどね」
料理人さんとは、このレ・キャフェイ・カデでデザートやケーキを作る人です。その腕は高級ホテルの料理人達に負けません。
「早く食べよー!」
こうして、レ・キャフェイ・カデは12時〜15時まで休憩として一時的に閉まります。15時から再び開き18時に閉まるのです。
「ふぅ。みんなお疲れ様〜」
1日が終わると、1階の電気は消えてCLOSEと書かれた看板がドアにかかっています。
「夜ご飯何かなー」
本日の夕食は、シャルキュトリー、白身魚のソテー、バケット、チーズ、ジャム、プリンでした。
フランスのご飯にバケットとチーズは常にある、日本で例えば白米に当たる存在です。バケットは朝、昼、晩全ての食卓に用意され、誰でも安く買える美味しいパンでした。2022年にはユネスコ無形文化遺産に登録されています。それほどフランスの文化に浸透したパンなのです。
夕食を食べおわり、シャワーを順に浴びていきます。
そして、リビングに集合するのです。
「今日はジュ・ド・ターブルしよー」
「ジャンヌは飽きないねそれ」
「いいじゃんエマ〜」
「仕方ない。今日は私が勝つ」
「いいや。このイリスこそ勝つのに相応しい!」
ジュ・ド・ターブル。世界最古のボードゲームの1つです。ルールは至って簡単。駒は各プレイヤー15個で、数十個の三角で構成された盤面の中、相手陣地に攻め、相手の駒を外に出した方が勝ちというもの。
「じゃあ最初私やる!」
「ではエマがやろう。受けて立つ」
ゲームをし、歯を磨き、就寝する。こうして彼女達の1日は終わっていくのでした。
「明日も晴れるといいな」