第二政 第1杯 行方
※前シーズンまでのあらすじ
時は1938年。フランス、パリにある隠れた名店"レ・キャフェイ・カデ"。そこではジャンヌ、イリス、エマの3人の看板娘たちが、いつものように懸命に可愛らしく働いていた。何気ない平和な日常が続いていたが、忽然とイリスは姿を消してしまう。
1939年9月1日、第二次世界大戦が開戦。イリスの姿は見つからぬまま、1940年5月にフランスにドイツ軍が侵攻。パリは陥落する。
この第二政編では1939年9月から1940年5月のフランス侵攻まで、彼女らのエピソードを描く…。
西暦1939年9月
フランス
パリ
同 レ・キャフェイ・カデ
新聞に第二次世界大戦開戦のニュースが載ります。
「ついに始まったっちゃったね…」
戦争の姿。それは多様であるということを彼女ら知りませんでした。
ある日の朝の事です。
「…イリス?」
エマが部屋を開けると、そこには窓が空いたままのもぬけの空状態でした。
「…まさか!」
机の上には手紙が置いてありました。
その手紙には"ありがとうみんな。でも、ごめんね。ならなきゃいけなことがあるの"と書かれてあったのです。
手紙の下には、勉強本だけでなく、様々な本が重なっています。
その1つに、赤い表紙でドイツ語が題名の本がありました。
「…なんて読むんだろ……マイン…カンプフ…?」
同日
某マンション
「さぁ入って」
「お…お邪魔します…」
中には様々なものが飾られています。イリスの彼氏は、"染まっていた"のです。
鉤十字の腕章、マインカンプ、そしてちょび髭の肖像画。
「…あの人が…あの本の著者…アドルフ・ヒトラー…だよ…ね?」
アドルフ・ヒトラー。あの悪名高きナチスの党首及び当時ドイツの首相です。圧倒的な語彙力、表現力、演説力により、ドイツを復興させました。彼はナチスという宗教を創設し、反ユダヤ主義を掲げました。そして、同じナチス同士の反乱で勝利し、ついには世界征服を企むのです。
一般的な世論は彼を批判するでしょう。しかし、彼も被害者だった時がありました。ヒトラーは第一次世界大戦で戦争を経験した上、目指していた美術大学に落ち、貧困な生活の最中、政治の勧誘を受け危険な思想に入ってしまった。ですが、それによりドイツが完全に復興できたとも言える他、様々な技術の基を作りました。とはいえ、彼が起こした数々の犠牲と事件は決して許されるものではなかったのです。
「そう。みんなは総統閣下と呼ぶんだ。イリスもそう呼ぼう。みんな同じ同胞なんだから」
「…うん!」
「さて、改めて歓迎しよう。ようこそ僕らの秘密基地へ」
「イリスは帰ってきたかい?」
「ダメ店長…周りの人も、ヴァーニャ店長も知らないって」
「警察に行方不明届は出した。今、捜査してもらっている…すまなかった。イリスを見失ったのも、出て行ってしまったのも…この本を読んでしまったことも私の責任だ」
「違うわよ店長…全部はあのナチスとかいう奴らの…店長。今、思ったんだけど、実はイリス、付き合ってる彼氏が居たんだけど」
ふと、エマの脳内でとある人物が浮かび上がります。イリスと特に近い存在でありながら詳細が曖昧な人。それこそイリスのボーイフレンドでした。
「いつの間に!…取り乱した。えっと、もしかしたらその子が知っているかもしれない。明日、探しに行ってくるよ」
翌日、例の人物の部屋を訪ねました。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
ノックをしても誰も出てこないのです。エマの尾行で家ぐらいは分かっていましたが、そこに居るかどうかは定かではない。
ドアのロックはかかっており、入ることはできません。ならば、店長はかつての経験を活かす上ありませんでした。
夜中、電気の灯りのないこの部屋に侵入を試みました。店長は屋上に登り足音を立てないよう匍匐でベランダを目指します。
「イリスをお探しかい?」
突然、後ろから1人の男が語りかけてきたのです。
「…誰だ」
「イリスの、"小さなお友達"とでも言いましょうか?店長さん」
コイツが例の…
店長は怒りが込み上げながらも冷静を保ちます。
「グーテンアーベント。彼氏さん」
「わざわざドイツ語で話さなくてもいいよ。ここは"カエルさんの国"なんだから」
「出会ったばかりで申し訳ないんだが、イリスを返してはくれないか?みんな心配しているんだ」
「残念だけど、イリスは自ら決断した。総統閣下の懐に就きたいとね。最近のフランクライヒは経済停滞している上に、出生率も下がっているそうじゃないか。今は世界恐慌からは回復したようだけど、ドイッチェランドは軍事すら復活した。オリンピックも開催されて、世界記録まで変わったんだ。イリスはドイッチェランドのような豊かで幸せな国を築きたい。政治をしたいんだ」
「…年頃の子供は政治に感化されることがある。私の少年時代も、義和団の乱の噺を聞いて軍や国に憧れ惚れたよ。だが、だからといって危険な思想に踏み込むのは自分を破壊する行為だ。ましてや、君のようなジェリーに導かれるのは愚行だよ」
「貴様!」
ボーイフレンドの中で何かがプチンと切れ、ついにはピストルを取り出しました。弾は既に装填済みで、トリガーにも指は掛かっており、怒りの震えで照準がぶれています。
「…お前らに何が分かる…貴様らのおかげでありえないほどまでの賠償金が積み重ねられ、生活は苦しいどころじゃなくなった!今は殺さない!だがいつか必ず、お前は殺してやる!イリスは立派なアーリア人としての道を歩む!世界を変えるんだ!」
ボーイフレンドは背を向け高くジャンプをしセーヌ川に飛び込みます。
ボジャァンと、水柱が立ち彼は暗闇に姿を消したのです。
店長が見る頃には音すらしない状態でした。
同時に、橋には帽子を被ったイリスが居たのです。
「イリス…」
イリスは一瞬立ち止まりましたが、そのままバッグを持って走り去ってしまいました。
「…狂ってる…あんな子たちまで染まるとは…狂ってる…既に大きく狂ってる…」




