Eryngiumm
「お兄ちゃん」
弟は自室から、上眼遣いの視線を僕に向ける
彼が「お兄ちゃん」と呼ぶ時は要注意だ
ほとんどの場合、ろくな結果を辿らない
本を正せば総ては自分のせいだったが、いま僕は弟にあらゆる権利を剥奪されていた
呼ばれるがままに弟の部屋に入ると、後ろ手に手錠をされた
今日は何をされるのだろう
正座させられながら、力無く弟を視上げる
獰猛な悦びを湛えた瞳が、僕に向いていた
そもそもは母が再婚した時、再婚相手の連れ子として付いてきたのが弟だった
彼は僕より5つ下だ
僕なんかと違って綺麗なストレートの髪、綺麗な指、手をしていて、脚の形なんかも僕より美しくて…
嫉妬心と扇情が混ざり合った結果、僕は初めて彼と出会った夜、弟を翌日の太陽が登るまで延々と犯し続けた
その間ずっと弟は抵抗し続けてきて、翌朝になる頃にぐったりと疲れ切っていたのは僕の方だった
弟の顔は傷だらけだったし、僕が疲れ切っていた事から、両親は僕たちが喧嘩をしたのだと思い込み、特に何も言わなかった
弟も、特別親に告げ口するような事はしなかった
後で解ったけど、弟は僕を言いなりにするために、わざとそうしたみたいだった
「少しは上手くなったかな」
弟はそういうと、静かに涙を流しながら爪先を嘗める僕の顔を蹴飛ばす
怪我が残るようなやり方はしない
押し出すような、『優しい』蹴飛ばし方だ
だからこそ、その暴力には嘲りの意味がより強調されていた
「もう解ってるだろうけど」
「逆らったら警察に連れて行くからね」
言い終えると、弟は僕に向けて微笑む
涙に濡れた眼ではよく視えないが、それでも僕には、彼がこの世で一番美しいものに視えていた
整わない呼吸を、必死で整える
酸素を求め開かれた僕の口に、また弟の爪先が乱暴に蹴り入れられた
「もういいよ」
「飽きた」
喉の中が切れて、床に血の混じった咳をする僕の背を弟が踏み付ける
視界には床しか視えていなかったが、頭上で急にカッターナイフの刃を出す音が聞こえて、僕は恐怖に身を硬くした
「お兄ちゃんって僕に『あんな事』するくらい、僕の事が好きなんだよね…」
「だから背中に、カッターで僕の名前を書いてあげるね」
弟が笑いながら背中に手をつく
僕は恐怖で恐慌を起こしながら、逃れようと暴れた
その時に、カッターが僕の指に触れて幾つかの傷を刻んだが気にならなかった
僕はリズムの整わない呼吸を繰り返しながら「やめて下さい」「お願いします」と言い続けた
弟は満足げに僕の怯える様を視ていたが、僕が恐慌のままに「もう警察に行こう?」と言った時、突然逆上して、僕の頬を握った拳で何度も強く打った
「何でそんな事言うの」
何でそんな事言うの、何でそんな事言うの、と弟は小さな声で何度も口走った
言いながら、僕を激しく殴った
僕はもう痛みを感じていなかった
それよりも急な弟の変化が気になって、僕は庇うように頭を抱えて怯えながら、彼の様子を涙でぐしゃぐしゃになった眼で視続けていた
「お兄ちゃんは」
「僕の事が好きなんじゃないの」
「僕から玩具にされて、嬉しく無いの?」
殴られ過ぎて右眼の瞼がざっくり切れる
しゅう、しゅう、と隙間風の様な自分の呼吸が、他人事のように僕の耳に聴こえていた
喋る程の力も、もう無い
「う」「れ」「し」「い」
僕はそう唇を動かすと、床の上に仰向けに倒れる
本心だった
僕は本当は、弟から殴られる事に高揚を感じていた
気を失う前に一瞬視えた弟の顔は、泣きながら笑っていたように視えた