馭者か騎士団か
親父に勘当されてタウンゼント家の世話になることが決まった翌日、学校は終業式を迎え、夏休みに入った。
俺はラトリッジ家に行ったドウェインの代わりに、騎士団の訓練を受けている。
「ニコラス君はなかなか筋がいいね。」
「ありがとうございます。団長。」
俺は小学生の頃から剣道に励み、運送会社の剣道部でも副将を任され、大会でも県警の精鋭としのぎを削って来た自負がある。
もちろん、ここの剣術と剣道はいろいろ違うが、あの時の経験はいろいろ活きている。
「特に攻撃動作が速いところは既に一流の騎士だ。ドウェインはまだ流れが素直過ぎる上に遅くてな。」
「ドウェインもなかなかいい太刀筋だと思うが。」
「まだ体重の乗せ方が今一つでな。だから軽い。」
「彼の良さは腕力で押し切れるところだと思う。」
「その通りだ。しかし、当たらなければどうということはない。」
「なるほど。確かにゴーッと来てガーッという動きはいいんだけどな。」
「しかし、その前に軸足の爪先をキュッとして剣をガーッと押し出して最後に腰を入れる。甲冑を着込んだ重い兵を相手にするためにはそれが必要だ。」
「確かに、まだドウェインの剣は恵まれた体格に頼っているだけに見える。」
「そう、そこなんだよニコラス君。」
「いや、団長の指摘は理に適っている。」
「いやあ、君のような逸材は是非とも欲しい。残念ながら儂は騎士団長とは言え子爵に過ぎぬ。宰相様に君を欲しいと言っても首を縦に振りそうに無いのが実に惜しい。」
「まあ、昨日勘当されたんだが。」
「そうは言っても君ほどの人材、一時的な謹慎に過ぎないし、非行を行った訳じゃ無い。」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、今は騎士になるか馭者になるか悩んでいる最中なんだ。」
「両方なればいいじゃないか。」
「そんなこと可能なのか?」
「騎士団だって輸送部隊はあるし、騎乗して戦うこともある。」
「決めた。俺は騎士団に入って騎士団長を目指すぜ。」
「儂はその言葉をドウェインから聞きたかったのだがな。」
「ドウェインは学者になりたいらしいぞ。」
「儂の子にそんな頭が備わっているとは思えんが・・・」
「だが学年首席だぜ?しかも他のガリ勉とは違い、剣術の鍛錬に励みながらあの成績だ。文武両道は親として誇りに思っていいと思うぜ。」
「君は剣術だけでなく、騎士の心も理解しているようだ。是非ともウチに来て欲しい。」
「どうせなら養子になってもいいぜ。」
「いや、それこそ不可能に近いだろう。」
「俺だっておの親父は気に食わんし、ミッチェル殿下の口利きがあれば可能だと思うがな。」
「なるほど・・・最悪、ドウェインを宰相様の養子にしてもいいか・・・」
「いや、タウンゼント家の家督はドウェインが継いでもいいじゃないか。まあ、別にラトリッジ家を継ぐならそれでも構わんが。」
「しかし、アナベル嬢はどうしようかなあ。」
「二人は仲がいいし、別れさせる必要は無いだろう。」
「そうか、副団長がそれでいいなら、そのままにしよう。」
「まあ、ドウェインだってアイツなりに考えた上での決断だ。親として応援してやった方が長い目で見たときにはいいと思うぜ。」
「そうか、そういうものなのか・・・」
「アイツが抜けた穴は俺が埋めるし、殿下の側近の役目も果たして見せるぜ。」
「何とも頼もしい。よろしく頼んだぞ。」
そうして訓練を再開する。
先輩騎士を取っかえ引っかえ都合8名と対戦し、久しぶりにいい汗を流した。
実家では脂汗しか流していなかったから、良い気分転換になった。
「おう、今日も遅くまでこき使われたな。」
「なかなか大変だけど、国の政治に関わる仕事はやり甲斐があるよ。」
「お前はホントにスゲえな。俺だったら30分もたない。」
「みんなそれぞれ得手不得手があるよ。僕だって剣術はニコラス君に敵わないし。」
「剣術大会連覇を目指しているヤツが何を言う。」
「それで、ニコラス君の方はどうなんだい?」
「ああ、卒業後は騎士団に籍をを置くことになりそうだな。俺にはこっちが向いている。」
「でも、宰相様は反対されるのでは?」
「アイツが反対したから何だって言うんだ。」
「強すぎるよ・・・」
「ジュリア-ナ嬢の事だけが心残りではあるが、しかし一度しか会ったこと無いご令嬢だからな。」
「本当に勘当されたままになるつもりなの?」
「この家の次男坊になるかもだぞ。」
「ええっ?!父上とそんな話になったの?」
「ああ、良い感じだったぞ。」
「信じられない・・・」
「まあ、よろしく頼むぜ、兄貴。」
「僕が兄なの?」
「当たり前だ。この家を継ぐのはお前しかいないだろう。」
「無茶苦茶だ。」
「何だったらお前が侯爵家の後を継いでもいいがな。」
「もっと無茶だよ・・・」
「それに、お前の学者になるって夢、いつの間にかかなり前進してるぞ。もう騎士団長を闇討ちしなくてもいいかも知れん。」
「しないよ・・・」
「まあ、風向きは順風だ。心配するな。」
俺にとっても絶好の出港日和だ。