平穏な日々
2年になって早くも一ヶ月が過ぎ、新しくA組に入って来た生徒達も落ち着いてきたようです。
私にとって嬉しかったのは、ブレンダが賢明に遅れを取り戻して見事、A組入りを果たしてくれたことです。
私も婚約解消が既定路線になったことで、殿下と適切な距離で定型的なやりとりを行うのみとなり、対応が費用に楽になりました。
また、王宮においても既にお妃教育はなくなり、登城することもなくなりました。
このため、今はブレンダとともに毎日勉学に励みながら、静かな学園生活を送っています。
お屋敷の中も非常に穏やかで静かな空気に包まれています。
確かにお父様とお母様を大きく失望させてしまい、何となく顔を合わせづらいのですが、メアリーとドロシーがいるお陰で他の使用人との絡みもほとんどなく、こちらも平穏に暮らせる環境が整ったと言えます。
「残る課題は、ストーリーに巻き込まれないようにするだけね。」
私はこれから起こりうる事を再チェックします。
隣国との戦争が三ヶ月目に発生したとおり、すでにバッドエンドの兆候は見えています。
必ず最初に起こるはずだった疫病が何故か起きませんでしたし、戦争が起きるタイミングもかなり早かったように思いますが、それは私というよりは聖女ルシアの講堂によるものでしょう。
「疫病も戦争も、まだ起こる可能性はあると考えて用心するに越したことはないよね。」
そう、もうこのストーリーはスタンダードなルートからは大きく外している。
これからルシアが盛り返していずれかのルートに入ったとしても、バッドエンドの警告イベントは起きるはず。
そこで私は何ができるか。いえ、きっと何もできないわね。
せめて平和な世界を守るために貢献するなら、私は大人しく裏に引っ込んでいるのが一番いいに決まってる。
「お嬢様、旦那様がお呼びでございます。」
「分かったわ。すぐに行くと伝えてくれる?」
「ジェニファー、座りなさい。」
「はい。お父様。」
ドロシーがお茶を淹れてくれる。
婚約解消の話が持ち上がって以降、父とは会う機会も減っていたし、気まずさも手伝っていつになく緊張してしまう。
「殿下との婚約についてだが、ミッチェル殿下の温情により、解消することが本決まりとなった。」
「そうですか。本当に殿下には何と御礼を申し上げれば良いか・・・」
「ただし、殿下の次の婚約者が決まるまでは、建前上はお前が引き続いて婚約者の役目を続けることになる。」
「そのように予想しておりました。」
「殿下に対するせめてもの恩返しと思い、誠意を持って勤めよ。」
「畏まりました。」
「それと、お前には卒業後、修道院に入ってもらう。」
「それも、そのつもりでおります。」
「王家からは、婚約の解消なのでお前にペナルティを与えるつもりはないとのお言葉をいただいている。」
「とてもありがたいことでございます。」
「ただ、当家としてはこれ以上の借りを陛下に作るわけにはいかんし、諸侯の模範たる公爵家がこのような不始末をしてしまったケジメは着けないといけない。」
「はい、承知しております。」
「お前ももう大人だ。フレミングの名を捨て、立派なシスターを目指すと良い。」
「ありがとうございます。それで、ブレンダはどのようになるのでしょうか。」
「お前が気にすることではない。カーリー家に戻った後は向こうが決めることになろう。」
「せめて良い嫁ぎ先をお願いします。」
「主が修道院に入った従者の行く末など、良い物である訳が無かろう。それもお前の行動の結果なのだ。」
「そんな・・・」
「それが大人としての責任というものだ。」
「カーリー男爵にお口添えをしていただく訳にはいかないでしょうか。」
「それはお前が考えるべきことだよ、ジェニファー。」
目の前が暗くなるような気がしました。
確かに父の言う通りです。むしろ、今の段階でこのことを伝えてくれたのは父の温情でしょう。
今まで自分の身の安全ばかり考えていましたが、その結果にも責任が伴います。
平穏な日々はタダでは手に入らないということです。
「分かりました。私の手で何とかして見せますわ。」
「話は以上だ。残された時間は2年足らずだが、お前の生涯はこの期間に何を成したかで大きく変わるだろう。最後まで気を抜かず懸命に励め。」
「ありがとうございます。お言葉、肝に銘じます。」
私は少し追い込まれたとき特有の、あの何とも言えない緊張感と共に自室に戻ります。
ブレンダのこと、メアリーとドロシーのこと、これらもきちんと良い方向に持って行ってこそ、私の平穏な日々が手に入るということに気付かされたのです。のんびりしている場合じゃありませんわ。
もちろん、これは私の我が儘であり自己満足に過ぎないことは分かっています。でも、何もせずに漫然と暮らしていては、幸せなど得られないのです。それは、前世の経験でも分かっています。
「ゲームだけでなく、私と周りのストーリーも何とかして見せるわ。」