ふと、婚約者の話
さて、オリエンテーションも無事終わり、新入生は放課後になった。
明日から通常の授業が始まる。
そうなるとまた、勉強漬けの毎日になるから、今日くらいはのんびりとした午後を過ごしてもいいだろうと思っていたら、ニコラス君とドウェイン君から食堂に誘われた。
「そうだね。今日から新入生も利用できるみたいだし、どんなメニューがあるか、下調べしてみようか。」
「さすがは殿下。付き合い良いねえ。」
「特にドウェイン君は屋敷に戻れば鍛錬なんでしょ。食べておかないと持たないね。」
「鍛錬なんて、大嫌いなんだけどね。」
そう言いながら、注文の列に加わる。
上級生は午後も授業があるのだ。
食堂内で食べる人と、教室など、外で食べる人たち用に異なるメニューが用意され、ランチボックス形式のものまである。
さすがの充実ぶりだ。
僕は手軽にサンドイッチにしたが、ニクラス君たちはガッツリいくようで、パン、サラダ、スープと肉料理のセットを注文していた。
さすがはこの年頃の人たちが利用する施設だ。味は知らないが量は凄い。
「殿下はそれで足りるのですか?」
「ああ、あまり食べ過ぎて眠くなると、学習に支障が出るからね。」
本当は、中身が中年だからなんだけど・・・
「俺はとにかく量をガッツリいただくのが好みだな。本当はこれに酒があれば言うこと無いんだが。」
「宰相様は確か、酒は嗜まないって聞いたけど。」
「そうなんだよ。それで、屋敷にも料理酒しかないんだ。親父も酒の味を知らないなんて、人生の半分は損してるな。」
「まあ、私たちも年齢的には飲酒OKだけど、ここは学校だから、飲酒禁止だよ。」
「創立パーティーなら、酒も出るんじゃ無いかな。」
「3月31日だから一年後だよ。」
「しかも、3年生は卒業記念パーティーで別会場だしね。」
「へえ、そういう決まりなんだな。」
「どちらにしても、若いうちから飲み過ぎはダメだよ。」
「そういうドウェインこそ、いかにも飲みそうなナリしてるじゃねえか。」
「僕はお酒なんて飲んだことは無いよ。」
「あの酒豪の息子なのにか?」
「あんまり僕、父上と一緒にいたくないし・・・」
「鍛錬嫌いって言ってたもんね。」
「本当は剣の鍛錬なんかより勉強が好きで、騎士なんてなりたくないんだ。」
「そりゃ大変だな。だが俺だって政治家になんかなりたくないぜ。」
「ニコラス君は何になりたいの?」
「荷馬車の馭者さ。」
「貴族が絶対になれない職業だなあ。」
「そうなのか?貴族は馭者になっちゃあいけないのか?」
「そりゃあ、あれは下人や庶民の仕事だからね。」
「じゃあ、俺様のジュリア-ナは婚約者だけなんだな。」
「ニクラス君の婚約者って、どんな人なの?」
「ああ、ジュリア-ナ・カズコーニっていう同い年のご令嬢だよ。確かファ、ファなんとかって国の人だ。」
「ファルテリーニ王国だね。少し遠方だけど、うちの重要な貿易相手国だよ。そういうところから婚約者を見つけてくるのは、さすがは宰相様だと思うよ。」
「まあ、まだ一度しか会ったことはないはずなんだが、何と言っても名前がいいよな。」
「そうだね。彼の国では比較的多い名前だと思うよ。」
「そうなのか。しかし、特別な相棒って感じでいいんだよなあ。」
「まあ、ニコラス君ならお相手を大切にしそうだから良いと思うよ。」
「ああ、俺は妻一筋だからな。それで、ドウェインはどうなんだ?」
「僕は騎士団の副団長さんの娘さんで、アナベル・キースリー男爵令嬢だよ。来年ここに入学するから紹介するよ。」
「それは楽しみだね。その時はよろしく頼むよ。」
「それで、殿下はあの公爵令嬢だよな。」
「うん。まだあんまり話せてないけど。」
「噂ではかなりキツい方だって話だけど。」
「静かだよな。」
「むしろあれ、金髪縦ロールが賑やかだよな。」
「キャロライン・ゴールドバーグ侯爵令嬢ね。実家はかなりの実力者だし、取り巻きも多いよね。」
「しかし、どこにでもいるよなあ。縦ロール。」
「いや、実際に探すと意外にいないもんだよ。」
「だが、一人でもいることがスゲェと思わないか?アレどうやって維持してるんだろ。」
「維持って・・・」
「だって、あれが一日形状を保ってんだぞ。お前、一日剣を構えたまま立ってられるか?それより凄いんだぞ。」
「比べるの、そこ?」
「ありゃ、筋肉だな。」
「ニコラス君、宰相様のご子息だよね。」
「まあ、そういやそうともいうし、違うとも言うなあ。」
しかし、勉強嫌いっぽい宰相のご子息と、騎士になりたくない騎士団長のご子息。
陛下もよくこの二人を側近候補に選んだものだ、なんて思いつつ、昼の憩いの時間は過ぎる。
それにしてもここの料理、イマイチだな・・・