オリエンテーション
さて、学園生活二日目はオリエンテーションである。
各教科の目的や履修目標、年間行事予定、学校施設案内などを行い、一日も早く生徒に馴染んでもらうことと、学習の目的を明確にすることで、自覚やモチベーションの向上を目指したものだ。
この学校では、国語、バレッタ語、帝国標準語、マナー、ダンス、神学、国史、地理、絵画、ピアノ、魔術、剣術、馬術と様々な教科を履修する。
そして、男子生徒は魔術、剣術、馬術が多めに組まれ、女子生徒はマナーとダンスがかなり多く組まれている。また、選択授業という教科もあり、ピアノやバイオリン、錬金や政治学、商学を学ぶことが出来る。
さらに、学期末試験が年三回あるほか、合宿訓練や文化祭、剣術大会などの行事も多い。
そういった説明を受けた後、クラス別に校舎内を案内される。
今日はオリエンテーション。
ゲーム的には、各攻略対象と会話できるボーナスステージみたいなものね。
普通のプレーヤーなら、初日に初めての挨拶を交わして二度目のイベントとなるはずね。
図書室、訓練場、職員室、食堂の四箇所を回るから、一人だけ会話できないキャラがいるし、どこで誰と会話するかで好感度の上がり方が変わるの。
もちろん、同じキャラに四回話しかけるって選択もあるわ。
でも、逆に言えば誰にも話しかけない選択もできるし、ワザと迷って音楽室や校長室、学生寮にお邪魔することだってできるわよ。
もちろん、アタシは一人であれこれ回るつもりよ。だって、ジェニファーがすぐ近くにいるんだもん。
どうせ、貴族のご令嬢たちは、アタシがいなくなっても気にしないだろうし、アタシさえ話しかけなければ、今日は何も起きないはずだからね。
バッドエンド?
攻略キャラか悪役令嬢に恨みを買うか、退学にならなければ大丈夫よ。
何たってアタシ、聖女なんだから。
そうはいっても、落第しない程度には勉強しないとね。目立つような好成績を取るつもりは無いけど。
そんなことを考えつつ、大変自然な動きで隊列の最後尾に移動して、みんなが廊下の角を曲がったところでしばしストップ。
これで、みんなとサヨナラね。
みんなと別れてすぐに階段を上り、美術室に入るとそこに・・・
「えっ!?何で?」
そこには攻略対象の一人、ローランド・グレゴリーがいた。
誰とも会話するつもり無かったのに、どうしてよりにもよってお隣の王子様がこんなところでサボってるのよ。
「失礼しました。」
アタシはすぐに美術室を出ようとするが。
「まあまあ、いいじゃないか。こっち来るといいよ。」
相手は王族だから、そう言われると断れない。
「はい。」
仕方無く教室に入り、壁に掛かっている風景画の方に歩く。
「いや、こっちくればいいじゃん。」
やっぱ、そうなるよね・・・
でもこの人、孤高の魔術師ってキャラだったから、ゲームならともかく、実際に見ると近寄りがたいんだよね。
「君、可愛いね。」
「?」
この人、初対面でこういうこと言ってくるキャラだったの?
「それ地毛?ピンクも珍しいけど毛先はプラチナだね。色んな髪の人はいるけど、君が一番綺麗だよ。」
「そうですか。初めて言われました。」
「銀髪はこの学校にも何人かいるけど、ピンクは君だけの特別な色だね。」
実際、あまり嬉しくない。だって、個人的には最悪だと思ってるし。
「そういや、昨日挨拶を交わさなかったね。俺は同じクラスのローランド・グレゴリー。北のバレッタ王国の王子だ。」
「ルシア・ウォルフォード。男爵家の娘で元平民です。」
早く解放されたかったから、敢えて平民出身なことを強調する。
「へえ、じゃあまだ付き合ってる人なんていないのかな?」
「へっ?」
「お付き合いしてる男とか、婚約者はいないかって聞いてるんだよ。」
「特にいません。」
「じゃあ、俺と付き合ってみない?退屈はさせないからさ。」
なになに?どうしてこんなキャラなの?なんかキモい。
どうにかしてこの場を切り抜けないと。
「申し訳ありません。私はまだそういうのはよく分かりませんし、教会の仕事もあって、とても時間が取れないので、お断りします。」
「ハッハッハ!実にハッキリ断るねえ。気に入ったよ。まあ、まだ初めて会ったばかりだし、今すぐ答えを決める必要はないさ。これから仲良くやろうよ。」
「はい・・・では、失礼します。」
「他に行きたいところがあるのかい?」
いえ、アンタと離れたいだけです。
「じゃあ、二人で回ろうか。」
「いえ、今日は一人になりたい気分なので。」
「そうか。まあそうよな。そうでもなきゃ、みんなで回ってるわな。」
「では、ご無礼ではありますが、ごきげんよう。」
そう言って足早に立ち去る。
それにしても、こんなイベントだったっけ?
これじゃあボーナスどころが罰ゲームだよ。
階段を駆け下りて保健室に逃げ込み、しばらくふて寝してから教室に帰った。
「ルシア君、どこに行ってたのかね。心配しましたよ。」
「先生、申し訳ありません。少し保健室で休んでいました。」
「そうかね。体調が優れないのであれば、早退しても構わないが、必ず先生に伝えるように。」
「分かりました。申し訳ございません。」
変な王子のせいで叱られちゃったじゃない。ホントもうアイツ何なの?
しかもキャラ違うし、何かキモいし。
今日のことで好感度パラメータどうなっちゃったんだろう。
そう思い、攻略対象ごとの好感度を示す「ラブラブゲージ」を確認しようとするが、そんなものは出て来ない。
「おかしいなあ。専用の魔法を習わないと出せないのかなあ。誰かに聞こうにも、そんなの知ることできるのヒロインだけ・・・じゃないわ。あの子がいたじゃん!」
このゲームにはチュートリアルキャラといって、ゲームで分からない事を教えてくるキャラがいた。
イリア・オズボーンって名前なんだけど、きっとどこかのクラスにいるはず。
そう思って探すと隣のクラスにいたわ。
彼女にはゲーム終盤までお世話になったし、紫のショートヘアっていう、貴族らしからぬ髪型だからすぐに分かるの。
「あの~、イリア・オズボーンさんですか?」
「ええ、ああ、あなたは聖女様ね。初めまして、イリア・オズボーンです。聖女様にお声がけいただき大変光栄です。私の事は気軽にイリアとお呼びいただけると嬉しいです。」
「こちらこそ突然お声を掛けてしまい、申し訳ありません。ルシア・ウォルフォードです。私もルシアと呼んでいただけると嬉しいです。」
「ありがとう。ルシアに名前を知ってもらってたことが何より嬉しいわ。以前、例大祭の時に一度だけお見かけしたことがございましたの。」
「ありがとうございます。私の方こそ、少し照れくさいですね。これから親しくしてくれると嬉しいです。」
「私こそ、お友達になってくれると嬉しいわ。どうしても男爵家の出だと、周りに気を使うことばかりだもの。」
「分かる!しかも私なんて元平民だから。」
「でも、聖女様よ。」
「でも、結局平民なの。」
「そうなのね。ルシアちゃんもいろいろ辛い事があるのね。」
「うん、でも、それはさておき、ちょっと教えて欲しいことがあって。」
「うん、何かしら。」
「イリアちゃん、ラブラブゲージって知ってる?」
「ラブ、うう~ん・・・それってどんなもの?」
「そうだねえ。男の子が自分のことをどれくらい好意的に見ているかが分かる魔法みたいなものだよ。」
「まあ!ルシアちゃんにも気になる殿方がいるのね。」
「いや、全くもってそんなことないけど、そういうのあるのかなって思って。」
「私も魔法には詳しくないけど、そういうものは無かったと思うわ。もし仮にあったとしても、他人の心が分かるような魔法は禁術に指定されているはず。同じように、人の心に干渉する魅了の魔法なんかも禁術よ。国王陛下の許可を受けた特別な人が、許可された場面のみで使うことが許されるだけね。」
「なるほど、そうなのね。」
「それと、ルシアちゃんはミッチェル殿下とジェニファー様のお二人と同じクラスでしょ。」
「そうなの。厄介なことになってるの。」
「気を付けた方が良いわよ。聖女様って結構、王族に嫁ぐ可能性が高いの。しかもジェニファー様って、ほら・・・」
「でも、アタシ平民だよ?」
「歴代聖女も多くは平民出身よ。むしろ、貴族は数が少ないし、清らかな・・・まあ、そういう訳で、きっと王宮でもルシアちゃんの将来をいろいろ考えている人は多いと思うよ。特にミッチェル殿下とは三年間同じ学校に通う訳だし。」
「分かった。絶対そんなことにならないように注意するね。ありがとう。」
こうして、この学校で初めての友達が出来た。
チュートリアルキャラだけど・・・
それにしてもこの世界、ラブラブチェックゲージが無い。
これが、今日のオリエンテーション一番の驚きよ。