ジェニファーとブレンダ
殿下との昼食会が終わり、私はブレンダとともに帰路に就きます。
これまで彼女は、私付きの女官となるために城で教育を受けていたのですが、それも今日で終わりです。
「これで良かったのでしょうか。」
「ええ。あなたにも不自由な生活を強いてしまいましたが、これからは年相応に楽しんでいいのですよ。」
「いえ、私のことではございません。お嬢様のことが心配で。」
「私の事は心配する必要はありませんよ。私は本当に周囲の方に恵まれていると思います。こんな勝手をして許されているのですから。」
「でも、それでもこれからお嬢様に待ち受けている未来は、とてもお辛いものです。」
「これは全て、私が招いたものです。ですので、私が生涯、この責を背負っていかなくてはなりません。」
「そんなに、こんなに素晴らしいお嬢様ですのに・・・」
彼女は泣き出してしまう。
そう言えば彼女、とても泣き虫さんでしたね。
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえることが一番嬉しいです。一年前にはとてもそんなことを言ってもらえるとは思えないほどでしたのに。」
「そのようなことはございません。過去のことは全て、私の力不足が招いたことでございます。」
「そんなことはありませんわ。あなたにはとても辛い思いをさせてしまいましたし、残る時間はあなたにも悔いの無いよう、努めたいと思っておりますわ。」
「本当に、修道院に行かれてしまうのですか?」
「まだ確定はしていませんが、私はそうするつもりです。あなたとお別れしてしまうのは寂しいですが。」
「私は嫌でございます。生涯お嬢様にお仕えすると心に決めております。」
「でも、いかに元貴族とは言え、修道院に従者を伴っては行けませんわ。」
「どうして神はこれほど苛烈で無慈悲なのでございましょう。」
「全ては私の行いが返ってきたということです。心を入れ替え、反省はしましたが、間に合わなかったといったところでしょうか?」
「早すぎます。お嬢様はまだ16才ですし、悪い事など何もしてはおりません。」
「ありがとう。あなたは本当に優しいいいご令嬢です。そうですね、アナタの幸せも考えて行かなくてはなりませんね。」
「私のことなど放っておいて構いません。お嬢様のお幸せをまずは考えるべきでございます。」
「私は、そんなあなたを長年虐げてしまったのですね。婚約のことよりそちらの方が心苦しいですね。」
「どうにもならないのでしょうか。」
「これでも一番良い流れだと思いますわ。それも全部、周りの方々のお陰です。」
「悲しくて、悔しくて、寂しいです・・・」
泣き崩れる彼女の背中をそっと抱き、宥めていると馬車は侯爵邸に到着します。
「さあブレンダ。ここからは笑顔です。」
「はい・・・」
馬車を降り、私たちは部屋に戻ります。
メアリーたちがお茶を用意してくれます。
「さあブレンダ、元気を出して頂戴。またメアリーたちに誤解されてしまいます。」
「もうメアリーさんもドロシーさんも知ってます・・・」
何となくいじける所、とても愛らしい従者です。
「お嬢様、お城ではいかがだったのでしょうか。」
「ええ、殿下と落ち着いてお話が出来ました。何も心配することはありませんよ。メアリー、ドロシー、あななたちの分のカップも用意なさい。今日は一緒にお茶を楽しみましょう。」
「お嬢様、そういう訳にはまいりません。」
「いいのです。私がそうしたいのですから。」
「分かりました。ドロシー、追加のお茶とお菓子もお願いします。」
「畏まりました。」
こうして、四人のお茶会が始まります。
「あの、私たちまでよろしかったのでしょうか。」
「私がこれまでお世話になった方々です。それにみんなといる時が一番、心が落ち着くのですよ。」
「これほどお優しいお嬢様はどこのお屋敷にもおりません。」
「そうです。私たちにとっては自慢のお嬢様です。」
「一年前までは目を覆わんばかりの惨状でしたけどね。」
「それは・・・」
「とても・・・」
「私の記憶には何もございませんわ。」
「さすがはブレンダね。でも、間に合って良かったわ。あのままだったらみんなに婚約破棄されてざまぁなんて言われるところでしたもの。」
「そのような恐れ多いことを言うはずがございません。」
「そうです。」
「お嬢様はちょっとだけヤンチャが過ぎていただけですわ。」
お茶会の場は一気に和み、楽しい笑い声に溢れる。
あれ以来沈んでいた屋敷の空気が明るくなった気がします。
これも間に合って良かった。
この時間が、もう少しだけ続きますように・・・