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まだ元ではないが・・・

 合コンの翌日、私はジェニファー嬢を城での昼食に誘う。

 かつては毎日押しかけられていた私の執務室である。


 陛下や公爵とあんな話をして合コンまでやってしまうと、彼女に会うのが何だか気まずいが、今後のことも含めて彼女と話し合う必要があるからだ。

 でも、何だか事務的な感じは否めない。

離婚調停ってこんな感じなんだろうか・・・



「時間を取ってもらって済まないね。」

「いえ、殿下のお心遣いに感謝します。」

「それで、公爵から話しは聞いたかい?」

「はい。卒業までは婚約を継続し、その間に結論を出すということになったと聞きました。」

「そうだね。君の将来を考えれば、この先の2年は大きな足枷になると思うし、そこは申し訳ないけど、これが今できる最大限だと思う。」

「承知しております。私個人の想いとしましては、早急に婚約を破棄してもらいたいところですが、そうはいかない事情があることも十分理解しております。」

 ここまで嫌われてしまったのか・・・


「申し訳ございません。ここまで殿下にご尽力いただいたのに・・・」

「いや、いいんだ。それで、今後は政治的な混乱を避けつつ、互いの将来を固めていかないといけない。」

「私のことでしたらお気遣いなく。既に修道院に入る旨を父に伝えております。」

「ということは、結婚はしないと。」

「はい。私なりにけじめを着ける必要がございますし、このようなご迷惑を掛けてなお、社交の場に出られるような強さも私にはございません。逃げるようで恐縮ですが・・・」


「修道院に行きたいのですか?」

「それは分かりません。私もそのような生活をしたことがございませんので。しかし、今の私にとって、それがベストなことだと考えております。」

「しかし、一度修道院に入ってしまえば、そこであなたの人生は確定してしまうし、修道院に入る志があるならともかく、こんな形で入って幸せになれるとは思えないけど。」

「修道院に入るのは罰を受け、贖罪するために入るのです。それがたまたま修道院だったというだけで、牢に入れられても文句が言えないことをしている自覚はございます。」


「そこまでではないと思うよ。まあ、お互い身分と立場があるから、貴族社会からの制裁はあると思うけど、王室としてあなたに罰を与えようなどとは考えていない。それに、婚約も破棄ではなく解消を考えている。」

「本当に、殿下の寛大なお心に、感謝するほかございません。」

 彼女は俯き、静かに涙を流す。

 いや、そこまで嫌われているのだろうか?


「それで、婚約を解消したい理由というのは、本当にあれなんだろうか?」

「あれとおっしゃいますと?」

「王妃になる責任を理由としておっしゃっていたが、漠然としていてどうにも腑に落ちないんだ。何かもっと深い理由があるんじゃないかと思っている。そうで無ければあなたの急な変化や追い詰められているかのような様子が納得いかない。」


「そうですね。納得してはいただけないかも知れませんが、私はその身勝手な振る舞いにより、殿下を始めとする多くの方にご迷惑をお掛けし、元々あまり優秀で無かったこともあり、城内の評判も非常に低いものがございます。正直、今の私にあるのは公爵家出身という身分だけです。見ての通り、学内でも友人はほとんどおりませんし、人望もございません。」

「しかし、学業が不振という訳ではないし、妃教育についても説くに問題になる点は無かったと担当から聞いている。」


「この一年、心を入れ替え、私なりに頑張ってはみましたが、王妃殿下にはとても及ばないだろうことは明らかです。そのような者を据えて国の為になるとはとても思えません。」


「私には、何故あなたがそこまで思い詰めているのか、という部分が分からないんだ。あなたがそこまで悲観しないといけない人物には見えないし、むしろ謙虚なことは好ましいとも言える。誰も自分だけの力だけで王や王妃になれるものじゃない。」

「でも、王妃になられる方には揺るぎない自信と信念がございます。」

「それを言うと、正直、私も自信なんてない。」

「殿下はとても思慮深く、思いやりに長けた方だと思います。私の無礼な発言や行動に対しても、今まで一度も声を荒げたことなどございませんでしたし、順調に実績も積み上げられております。」


「私がやったことと言えば、たまたま聖剣を抜いてしまったことだけだよ。」

「いいえ、生徒会長を立派に勤め上げ、魔王や盗賊を打ち倒し、ローランド殿下の暗殺も未然に防がれました。有り体に言って、歴代級だと思います。翻って、私には何もございません。」

「まあ、あれが魔王かどうかは相当怪しい弱さだっただったけどね。あなただって、とても落ち着いているし冷静に状況を分析できている。ブレンダ嬢とも最近はとても穏やかに接しているし、特に問題があるようには見えない。」

「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄ですし、晴れやかな気持ちで王宮を去ることができます。」

「終わってしまっているんですね。」


「大変申し訳ございません。私は今でも殿下のことをお慕いしております。自分の不甲斐なさをただただ悔やんでいるところでございます。」

「こういった話をもっと早い段階でできていたらと今さらながらに思うよ。あなたがそこまで思い詰めていることに気がつけなかった私の責任だ。」

「そんなことはございません。事ここに至ってもなお、ここまでお気遣いいただけて、このジェニファー、これほど嬉しい事はございません。」


「私の方でもあなたの今後については考えてみるけど、本当に修道院を考えているのかい。他の選択肢はない?」

「はい。修道院であれば、外の声を気にする事無く落ち着いて反省することも罪を償うことも可能です。もし将来、許されることがありましたら、その後は静かに平穏な暮らしをしたいと考えております。」


「静かな暮らしが希望なのですね。」

「こんなことをしておいて、大変身勝手な望みですが。」

「いえ、そのようなことはありません。そうなれるような方法が他にないのか、私の方でも考えたいと思います。」

「殿下にそこまでしていただく訳にはまいりません。」

「婚約者として、せめて考えることくらいはさせて欲しい。もちろん、あなたの意向を無視するつもりは無いよ。」

「やはり、殿下は慈悲深い方ですね。」

 フッと彼女の表情が和らぐ。正直、こんな彼女の顔は初めてだ。


「婚約者の一人も守れない未熟者ですよ。」

「そのようなことはございません。私は今も殿下に守られております。そうでなければ既に私は牢屋行きになっております。」

「そんなことはしないと約束するよ。」

「ありがとうございます。このご恩、生涯感謝し続けることを誓います。」

「それで、これからの2年間だけど。」

「はい。」

「表向きはこれまでどおりとさせて欲しい。こちらにも時間が必要だからね。」

「はい。承知しております。」

「もし、後任が決まったとしても、混乱を避けるため、卒業までは公表しない方がいいと考えている。だから公式行事についても、今までどおり参加して欲しい。」

「畏まりました。」


「あくまで、双方納得の上での解消、もしくは政治的思惑による変更ということにしたいんだ。もちろん、公爵家にも不都合があってはならない。」

「何から何まで、本当にありがとうございます。」

「もちろん、この2年間で翻意してくれても構わない。」

「それでは、私にしかメリットがございません。」

「あなたをこれまで、そしてこれからも縛ってしまうことに対する、せめてものお詫びだよ。」

「悪いのは全て私ですのに。」

「これからもよろしく。」

「やはり、私には・・・いえ、これはまた後日に・・・」

「まあ、何にしても清々しく次の道に踏み出せるように、お互い頑張ろう。」

「はい。」


 伝えたいことは伝えられたかな・・・


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