ミッチェルの決心
さて、放課後に時間をいただきたいとジェニファー嬢からお誘いを受けた。
以前はそういう事がほぼ毎日だったようだが、私がここに来てからは初めてのことだから緊張する。
しかも、ニコラス君達たちは席を外して欲しいとのこと。
とても緊張するし、悪い予感しかしない。
城内で会うのもマズそうだし、公爵邸も良くなさそうだ。
未婚の男女が二人きりで会っても問題無い場所なんてないだろうが、消去法で生徒会室で会うことにする。勿論、生徒会が休みの日に合わせてだ。
「何も無い所だけど、まあ座って。」
「わざわざお時間をいただき、誠に有り難うございます。」
「いや、気にしなくていいよ。むしろ、もっと時間を取るべきだと反省しているくらいだよ。」
「そうおっしゃっていただいて、大変光栄に存じます。それで、早速ではありますが。」
「改まって話すことかな。」
「はい。先日、父に婚約の解消について相談致しました。」
「それは・・・突然だね。」
実際は予測の範囲内だったけど・・・
「大変申し訳ございません。」
「理由を聞いてもいいかな。」
「はい。私の力不足が全ての原因でございます。ご存じの通り、私は優秀でも強くもありませんし、あるのは公爵家という家柄のみの人間でございます。陛下の評価も、周囲の評判も芳しくありませんし、殿下と王家にご迷惑をお掛けするくらいなら、身を引くべきだという結論に達したものでございます。」
「私を避けていたことは分かっていたが、そこまで嫌だったとは。」
少し、鎌を掛けてみる。
「殿下を避けておりましたのは、あくまで私がご迷惑をお掛けしないためで、殿下をお慕いする気持ちは婚約以来、いささかも変わるものではございません。」
「少し、時間をいただいてもいいかな?」
「もちろんでございます。」
ヒルマン卿に話を通した上で私に話をしているということは、公爵家として婚約続行不可能という結論に達したと考えていいだろう。
もちろん、陛下が反対すればこのまま変わりなく婚約が続く訳だが、この一年、ジェニファー嬢の顔はずっと暗い。
ここまで彼女を追い詰めるのはさすがに気の毒だし、如何に政略結婚が当たり前の時代とは言え、これを生涯続けさせるのはあまりに酷い仕打ちだと思う。
それに、お互いにとっても不幸な結末しか生まないだろう。
「分かった。ジェニファー嬢の希望に沿えるよう、私も陛下を説得してみるよ。」
「本当・・・・」
彼女の目から涙がこぼれ落ちる。
「私の力で陛下のお考えを変えられるかどうかは分からない。しかし、例え私が後継者失格の烙印を押されようと、説得してみるよ。」
「そんな・・・」
「いや、実は私もあんまり王になりたくないから。」
「いえ、私などのために将来を投げ出してはなりません。」
「王は別にフィリップでもいいんだ。それは陛下が決めることだし、私は全く拘ってないんだ。」
実はこれが偽りのない本音だ。
だいたい、元はしがない公務員である。
府知事でさえ雲の上の存在なのに、王なんて私にできっこない。
「もし、ジェニファー嬢との婚約を取りやめることができない場合は、私が王位継承権を放棄しよう。それで勘弁してくれるかい?」
「な、なりません。私のせいでそのようなこと・・・」
「もちろん、どうなるかはまだ分からない。」
「そう・・・ですね・・・」
「だから、どんな結果になったとしても、前を向いていて欲しいし、これ以上、自分を追い詰めてはいけないよ。」
「本当に、ありがとうございます。婚約解消ではなく、王家からの婚約破棄という形でお願いします。」
「それではあなたの負う傷があまりに深い。」
「勝手を申すのですから当然でございます。そうでないと殿下の方が傷を負ってしまいます。」
「いや、これでも第一王子だから心配は要らないよ。」
「くれぐれも無理をなさいませんよう、お願いします。」
「分かった。心配を掛けないようにするよ。」
「ご面倒をお掛けします。それと、不出来な婚約者で本当に申し訳ございませんでした。」
「そんなことはないよ。それにしても、これほど話をしたのはいつ振りかな。」
「もう一年以上ありませんでしたね。」
「そうだね。君にはもっと笑っていて欲しかったんだけど、私では無理だったね。」
「いえ、全て私の責任でございます。」
「いつかまた、笑い話ができるかな?」
「それは私ではございませんよ。」
私はフラれたことはあっても、別れ話の経験は無かった。
前世では妻としか付き合ったことが無かったからね。
でも、こんなに力が抜けるんだなあと思った。
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帰宅するなり、私は寝台に倒れ込む。
我が身可愛さに多くの人を裏切った後悔と、それでも変わらず私を大切に思ってくれる人たちの思い。
心がグチャグチャで涙が止まらない。
そして、もう戻れない・・・




