父を説得する
もしかしたら、まだお父様を説得するのは時期尚早かも知れない。
でも、時間は私に味方しない、これだけは確かなこと。
私は、父の執務室に向かう。
「お父様、失礼します。」
「ジェニファーか。どうかしたか。」
「はい、大切なお話がございまして・・・」
「・・・どうやら、良い事ではなさそうだな。」
「申し訳ございません。」
「まあ、座りなさい。」
私はソファに掛け、お父様も執務机を立ち、ソファに掛ける。
「お母様は呼ばなくてよいか?」
「はい。」
「聞こうか。」
「はい・・・ お父様、大変申し訳ございませんが、王家との婚約、破棄していただく訳にはいかないでしょうか。」
「フゥー・・・」
お父様は長いため息を吐いた後、無言で頭を抱える。
長い沈黙が続いた。
「理由を・・・聞こうか。」
「はい。私ではとても王妃の重責を担うことはできないとの結論に達しました。」
「お前以外の者はそのような結論に達していないのだが、どうしてそう思った?」
「まず、私には王族としての能力がございません。王妃教育の進展も芳しくなく、両陛下からの評価も低く、殿下にも好ましく思われておりません。加えて、諸侯を始めとする周囲の評判もすこぶる悪く、王家の威信に傷を付ける結果となることは火を見るより明らかでございます。国と王家の繁栄、そして公爵家の安泰を考えれば、私の能力の無さが罪に変わる前に身を引くべきと考えました。」
「確かに、お前はまだまだ未熟だ。しかし、お前が今言った言葉こそが、王妃に相応しい姿勢だと思うぞ。」
「ありがとうございます。お父様にそう言っていただいて、嬉しく思います。」
「何があったんだ。」
「いえ、これといって何かがあった訳ではございません。ただ、私に王族になる実力と覚悟が無いことに気づいてしまったのございます。」
「いつ頃だったか、学校に入る頃か。お前が変わってしまったのは。」
「そうですね。それまでは盲目的に殿下をお慕いし、それ以外のことは何も思い至らず、たた子供が我が儘放題に振る舞っているかの如くでしたが、一人前の淑女を目指すべきと考えたときに、ふと気付いてしまったというのが正直なところでございます。」
「それで、怖くなったと。」
「はい。」
「しかし、お前はまだ16才だ。まだ結論を出すのは早いと思う。」
「結論は早いに越したことはございません。」
「そんなに嫌なのか。」
「避けられるものであれば避けたい。そのくらい身を引きたいのです。」
「お前の気持ちは良く分かった。しかし、ここから気持ちを立て直すことはできないのか?」
「この一年間、悩んできた結果です。」
「ふむ。一年はよく考えたと言えるな。しかし、今のお前に匹敵するご令嬢はどこの家も出せんと思う。それに、いかに公爵家と言えど、王家との婚約はそう簡単に解消できる物では無い。」
「王家からの破棄という形で結構ですし、如何なる罰も受ける覚悟です。」
「その覚悟があるなら何故、前に進もうとせぬ。」
「今ならまだ、私個人が罰を受ければ良いだけですが、王妃になった後にダメだった場合はそんなものでは済まなくなってしまいます。」
「そこまで酷いことになるとは思えぬがな。」
「ご期待に沿えず誠に申し訳ございませんが、こればかりは何卒、お聞き届けいただきたいと思っております。」
「お前の気持ちは良く分かった。王家との婚姻が如何にお家のためとは言え、娘の幸せを願わぬ訳では無い。ただな、相手のある事でもあり、そう簡単に結論が出せる訳でも、事態が動く訳でも無い。それは良く理解しておくように。」
「はい。分かりました。」
「とにかく少し時間が必要だ。まあ、それでお前の希望が叶うとも限らんが・・・」
「分かっております。」
「疲れただろう。今日のところはゆっくり休むが良い。」
「はい。失礼いたします。」
私は静かに退室します。
これまでたくさんの我が儘を言い、迷惑も心配も掛けてしまったお父様です。
私個人としてはたった一年の付き合いですが、それでも、記憶の中の父はいつも優しく励ましてくれていただけに、申し訳なさで一杯です。
お父様が最後まで声を荒げず無念を押し殺している姿に、思わず泣きたくなってしまいましたが、同時に、私の気持ちを汲んで下さったことを嬉しくも感じます。
さて、これからミッチェル殿下を説得することとしましょう。
さすがに陛下に対しては公爵家から打診することになりますが、その前に私から殿下に、誠意を持ってお伝えするべきでしょうから。