学生になって
聖女ルシアの朝は早い。
日の出前に起床し、教会に向かい、朝の祈りを捧げて帰宅。
さらに急いで支度して朝食を摂り、学校に向かう。
アニーが起こしてくれるので、寝坊をする心配は無いけど、学校に通うようになって、さらなる過密スケジュールに振り回されるようになった。
「これじゃホームシックになってる暇さえ無いわね。」
もちろん、あの状況で生きているとは思えないし、もう元の世界に帰れないことも分かっているので、諦めはついている。それに、この三年間をやり過ごせば、後は聖女として恵まれた生活が約束されているのだ。
そう考えると、不運を嘆く気持ちも薄れる。
「一度死んじゃったけど、生きてるだけで儲けものよ。」
彼女は軽やかな足取りで学校に向かう。
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「ジェニファー、学校はどうだね?」
朝のひととき、お忙しいお父様とお話しできる数少ない機会です。
「はい。これから少しづつ慣れて行きたいと考えております。」
「そうか。ならいいが、最近雰囲気が変わったな。」
「そうでしょうか。」
「ああ。この半月で全く変わったぞ。落ち着いたのであれば良いが、元気が無いのであれば、私でも母上でも相談するがよい。」
「有り難うございます。お父様。」
確かに、あのジェニファーがこんな振る舞いを始めたら、周囲が驚くのも無理はありません。
でも、あの振る舞いを続けては人生が詰んでしまいます。
貴族学校入学を機に変わろうと努力している、という評価をしてもらえるよう、そしてそれを自然に、不審感を持たれることなく変化させていくことが重要です。
そして同時に、殿下との婚約を解消する方策も考えないといけません。
「考え込む姿を多く見かけるようになったわね。」
「そうだね。いいことだとは思うが、悩み事なら気に病む前に早く解決しないとな。誰でも構わないから相談するように。」
「お父様、お母様。フレミングの名の恥じない淑女になりますので、長い目で見ていただけたらと思います。」
「分かった。お前は利発な子だから、きっといい成績を残してくれるだろうが、くれぐれも無理をしないようにな。」
「はい。」
怪しまれてはいないようで、取りあえずは安心です。
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「999、1,000、よし、これにて素振りは終了。次に打ち込みだ。」
「父上、早く支度しないと遅刻してしまいます。」
「遅刻が嫌ならもっと早く起きればいいだけだ。無駄口叩く暇があるなら早くやれっ!」
「やぁッ!」
走り込みながら的に剣を振り下ろし、そのまま横を通り過ぎる。
それが終わると反転し、今度は逆に剣を振りかぶり反復する。
これを百回繰り返す。もちろんこの後父に打ち込みを行い、剣筋の評価をもらうまでが朝練の内容だ。
「まだまだっ!息を切らすな。」
「はいっ!」
「何をしておるっ!もう少し間合いを取れ、手を抜くな!」
「はいっ!」
きっと彼は、15才になるまで毎日こんな生活をしてきたんだろう。
僕はまだ半月くらいだけど、これがどれほど大変なことかは分かる。
僕の前の人は、楽しんでやってたんだろうか?
僕はずっとこんなことをし続けないといけないんだろうか・・・
そして何より、こんな疲れてしまって、学校の勉強に付いていけるんだろうか・・・
「もっと集中しろ!」
「はい・・・」
とにかく、不安しか無い。
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「ニコラスよ、ミッチェル殿下とは上手くやっていけそうか。」
「大変温厚な方ですので、ご心配なく。」
「確かに良く出来た方だが、それと配下であることの礼儀は別だぞ。」
「はい。」
「それと、お前は私の後を継ぐことになる。これは、家だけで無く役職も継いでもらわねばならん。しかし、宰相は他に候補者がいる。それらに負けぬよう、勉学にも励め。」
「はい。」
とは言うものの、勉強なんて俺には向いてねえ。
幸いなことに、15才になるまでの俺はよほど勉強に励んでいたらしく、学校の勉強くらいこなせそうなほど知識は豊富なようだが、宰相とやらになるにはまだ足りないっていうのか?
なら、親父には悪いが高卒の俺には無理だな。
それで家が継げないならそれでもいい。俺には愛する家族と荷馬車があれば生きていけるからな。
まあ、勉強ってのがどれほど難しいものかは分からねえが、自分なりに頑張ってやるよ。
それより、ここの15才は大人って聞いたが、酒飲んじゃダメなのか?
屋敷の中だって、さすがに熱燗は無理でも、ビールくらいはあるんじゃないか?
そんなことを思いながら家を出る。