建国祭の夜
「お嬢様、外出の準備はされなくてよろしいのでしょうか。」
「メアリー、今日は何も予定が無いからいいのよ。」
「せっかくの建国祭ですのに。」
「花火は屋敷から見た方がゆっくり落ち着いて見られるのですよ。」
今日は建国祭、本来であれば各ルートごとの重要なデートイベントであり、ミッチェル殿下ルートであれば、公衆の面前で私が聖女と大立ち回りする予定です。
もちろん、そんなイベントは絶対に避けるつもりでおりましたが、幸いと言いますか、予想外に殿下からのお誘いが無く、とても安堵しております。
私は外出する予定も無く、メアリーやドロシーにお茶を淹れてもらい、ブレンダと優雅に過ごしております。
「ジェニファー、今日も屋敷に引きこもってどうしたというんだ。」
「これはお父様。」
「最近、陛下もお前たちのことを大変憂慮されておられる。」
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。」
「一体、何があったというのだ。」
「今日は人出が多いですし窃盗団の噂もございます。若いご令嬢が祀りに繰り出さないのをむしろ喜んでいただきたいですわ。」
「まさか殿下のお誘いを断ったのではあるまいな。」
「本日はお誘いを受けておりませんわ。お父様。」
「しかし、以前のお前なら殿下に押しかけて祀りに参加していたと思うのだがな。」
「もう、子供ではございませんの。」
「大人の自覚と婚約者の役目、きちんと両方果たせるように努めなさい。」
「はい。」
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「予告があった店はあれだな。」
やって来たのは城からほど近い高級店街。
犯行予告があったのは、今年になってオープンして人気のジュエリーショップ。
比較的廉価な商品から一点物まで、子供から大人まで楽しめる店として評判だ。
時間は夕方の18:00。
今日はこれから花火が打ち上がるということもあって人通りはかなり多い上、店の周辺は無骨な騎士が数多く警戒に当たっている。
「しかし、こりゃ盗むのも捕まえるのも大変だな。」
「最悪の日を選んだんだね。」
「しかし、ヤツらの主張を考えると、これほど効果的な夜もないぜ。」
通りを挟んだ向かいの店先で待機するのは私、ローランド殿下、ニコラス君とドウェイン君、ミントとテンコーだ。
そして、完全武装の我々はテンコーのイリュージョンによって姿を消している。
「じゃあミント、周囲の索敵よろしく。テンコーも準備できたかい?」
「もちろんだよ。あの店が閉店したらすぐにやるよ。」
そう、あのショップだけは犯行予告があったため、早めに閉店するのだ。
ミントは店の上空に舞い上がり、賊を警戒する。
「しかし、イリュージョンってまやかしだろ?」
「建物ごと盗まれない限り大丈夫だよ。実際に箱の中では鎖に繋がれているんだから、完全な幻想じゃ無いんだよ。」
「しかし、あの騎士団の守りをどうやって突破するつもりなんだ。」
「怪盗なら空一択だが、窃盗団なら地下から穴を掘って店内に侵入だな。」
「なら逃走経路は下水道か。」
「じゃあ、我々もこのまま店内に移動しよう。」
「タイミングはいつかな。」
「花火が19:00開始だ。」
「なるほど、音に紛れるならそのタイミングだね。」
「ベタだけどな。」
「しかし、騎士団は店内に配置されていないのか?」
「捜査責任者は父上だからね。」
「ああ、店内では暴れられないってか?」
「じゃあテンコー、よろしく。」
「ちゃららららら~。」
「やっぱりそれかよっ!」
しかもテンコー、意外と歌上手いし・・・
だが、そのイリュージョンはさすがだ。ショーケースのジュエリー類は、怪しまれないように一部は残したが、ほとんどは姿を消した。
階段も段数が増えているし、金庫も姿を消した。
直後、ドンッ!という音とともに花火が始まる。
そしてほぼ同時に床の一部が崩れ、盗賊が侵入してくる。
彼らの姿を確認してテンコーが店の照明を落とし、ローランド殿下が魔法で相手の姿を照らす。
私たちは剣を抜き、賊に不意打ちを試みる。
「くたばれっ!」
さすがにニコラス君とドウェイン君は速い。たちまち目の前の賊を叩き伏せた。
一部の賊は階段を上り始めるが、全員つまずいて将棋倒しになる。
さすがはテンコー、瞬時に段数を元に戻したらしい。
倒れた賊にローランド殿下のファイヤーショットが容赦無く襲いかかる。
対する賊はこちらの姿を把握できておらず、ほぼワンサイドで鎮圧が進む。
ミントも店内に入ってきたようだ。
私は外の騎士団を店内に呼び込んで、倒した賊の確保を指示する。
「何だ、全然大したことねえな。」
「でも、一部は地下に逃げたよ。」
「事前の情報が確かなら、まだ何人かはいるはずだからな。」
「追うぞ!」
私たちは賊を追って穴に潜り込む。
やはり、下水道から穴を掘ったようだ。
下水道は迷路である。各方向に伸びている上、分岐も多い。
「ミント、どっちに逃げたか分かるか?」
「あっちとあっちとあっち。」
「バラバラに逃げやがったか。」
「俺に任せろ。」
そう言うと、ローランド殿下がそれぞれの方向に魔法を展開する。
ファイヤウォールどころの話じゃない。
やはり彼は魔術の天才だ。
「スゲえな。」
「全ての経路に撃ってやった。消し炭になるぜ。」
「ちょっと匂いがキツいな。」
「仕方無いさ。多少は下水も蒸発するからな。」
ここでドウェイン君も魔法を展開する。
これでファイヤウォールのスピードも上がるし、膨張した空気も匂いも排水口に押し出されるはずだ。
「でも、これじゃ賊がみんな死んじゃうんじゃないか?」
「生け捕りにした方がいいのか?」
「現場にいるのが全員とは限らないんじゃない?」
「なるほど。じゃあ任せろ。調整する。」
「できるの?」
「熱だけ感じるようにする。それなら行動不能にできる。」
「そんなことができるんだ・・・」
「俺は女の扱いの次に魔術が得意なんだぜ。」
「じゃあ、三手に分かれて拘束しよう。」
私とテンコー、ローランド殿下とミント、ニコラス君とドウェイン君に別れて賊を追跡する。
と言っても、ローランド殿下の発したファイヤウォールの後を付いていくだけだ。
「しかし、地下道の中を焼き尽くしてるね。」
「僕だってこのくらいはできるよ。」
「テンコーのはイリュージョンだろ?」
「そうだけど・・・」
しかし、下水道の中には人がたくさんいた。
どうやら賊だけじゃなく、ホームレスも多数混じっているようだ。
取りあえず、明らかに身なりの違う二人を捕まえて引き返す。
後のホームレスらしき人たちの確保は騎士団に任せた。
とても私たちだけでどうにかなりそうな人数じゃなかったのだ。
結局、下水道内で7名、店内で13名の計20人を逮捕することができた。
「これで取りあえずは一件落着だな。」
「そうだね。祭りも無事に終わったみたいだし、死傷者が出なかったのが良かったよ。」
「殿下も名を上げたんじゃないか?」
「ローランド殿下の方が凄いと思ったよ。」
「今回はみんなそれぞれ良い働きだったぜ。ドウェインの親父さんはほとんど役に立ってなかったけどな。」
「しかし惜しかったな。どさくさに紛れて闇討ちするいいチャンスだったのにな。」
「ああ、不幸な事故に見せかけるには絶好の機会だったのにな。」
「まあ、ドウェイン君の実績づくりにはなったよ。後はこういった働きをどう説得材料にするかだよ。」
「学者よりは騎士団長が近付いて来てるのは間違い無い。」
「そんなぁ・・・」
とにかく、一件落着した。