歩み寄りを試みる
今日はジェニファー嬢が登城する日なので、私はティータイムにご一緒できないか断震する。
最近は月一回の交流の時間さえすっぽかされがちなので、私がしっかり彼女の心を繋ぎ止める努力をしないといけない。
幸い、彼女に承諾をもらえたようなので、ホッと胸をなで下ろしつつテラスに向かう。
「ジェニファー嬢、待たせてしまったね。」
「いえ、とんでもございません。」
「ブレンダ嬢も元気そうで何よりだ。」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます。」
私が座るとお茶と菓子が運ばれてくる。
その間、ずっと静かだ。
予想どおり、彼女からは何も話しかけて来ないので、私が話題を振るしかないのは辛いところだ。
「最近はお妃教育にも力が入っていると聞いているよ。本当にありがとう。」
「いえ。私が今の立場である以上は誠心誠意、勤めさせていただく所存です。」
「それはとても嬉しい事だよ。それに、先日も話をされたけど、君以外の王妃候補はいないし作るつもりもないからね。」
「それは・・・」
「君はとても謙虚で慎重な方だ。以前はそうでは無かったと思うんだが、何かきっかけでもあったのかい?」
「私も15になり、貴族学校に入学するに当たって、今までのことを振り返ってみたのです。そうしていると、殿下のみならず、ここにおりますブレンダにも大変酷い振る舞いをしていたことに気づき、深く反省し、私なりに生き方を変えないといけないと思ったのでございます。」
「それはとても素晴らしいことだと思う。でも、必要以上に自分を貶め、追い詰めるのはいただけないな。」
「いえ、今まで私のしていたことは、咎められて当然の犯罪スレスレの行為でした。このようなことをするような者に、人の上に立つ資格はございません。」
「人間誰しも間違いを犯すものだよ。そして、そうやって自省できる人はあまりいない。だから自信を持っていい。ブレンダ嬢だって、そんなあなたを許し、今でも側仕えをしているのでしょう?」
「ブレンダは心が広いですから。」
「彼女は非常に優しそうだね。でも、それだけじゃないと思うよ。ねえ、ブレンダ嬢?」
「あの、はい、そのとおりです。お嬢様はとても思いやりに長けた方です。」
「私もそう思うし、今の立場が務まらないなんて思っていないよ。」
「でも、私より相応しい方がいるのは事実でございます。」
「そんなご令嬢、いたかな?」
「はい。聖女ルシア様です。」
「ああ、彼女か。確かに彼女は聖女だが、話したことないから、よく知らないな。」
「これまで、聖女の多くは王族に嫁いでおります。」
「確かに、これまでの歴史を紐解くとそういうことが多いね。しかしそのような話にはなっていないし、私も君以外の女性など考えたこともない。」
「そうですか。もし、聖女様のことが気に入られた時は、いつでも身を引くつもりでおりますので、どうぞご遠慮なさらず。」
「ジェニファー嬢。あなたは私が嫌いなのだろう。」
「いえ、そのようなことは決してございません。」
「今は私的な時間だ。本音を言って君を処罰するようなことはしない。正直に言ってもらって構わないよ。まあ、ここ数ヶ月の君の振る舞いを見て、好かれていると勘違いできるような殿方は滅多にいないと思うが。」
「いいえ、殿下をお嫌いになるということだけはございません。信じて下さい。」
「君は事の善し悪しは別にして、常に自分にも周囲にも正直な人だった。何があったかは分からないが、今は全てを覆い隠している。」
「それは、これまでの自分を省みた結果です。」
「それは誠実な態度と言えるものだろうか?」
「えっ?」
「優しく慈悲深く、謙虚に振る舞うのは美徳だ。しかし、私に対しては冷たくあしらい続け、今も目を見て話をしてくれない。」
「それは・・・」
「私ももう子供では無い。そういった態度を取る人が私に対してどういう感情を持っているかくらいは分かるつもりだよ。」
「失礼な態度を取ったことに対しましては、深くお詫び申し上げます。大変、申し訳ありませんでした。」
「そうじゃないんだ。私は、正直に心情を吐露してくれないことに対して責めているんだ。失礼だろうが私の事を嫌っていようが、そんなことはどうでもいい。」
「申し訳ございません。やはり、私では相応しくありませんね。」
思わず長いため息が出る。
私も、婚約者が相手でなければとっくに匙を投げているところだが、立場上そういう訳にはいかない。
「きっかけは何だったんだい?」
「過去の自分の行いがあまりに恥ずべきものだったことです。」
「もしそうだとして、私との関係を清算しようと思ったきっかけが知りたい。」
「恥ずかしいと思うと同時に、私では国に大きなご迷惑を掛けてしまうと自覚し、身を引こうと思ったところです。」
「それでは私を嫌いになった理由の説明になっていない。」
「嫌いではございません。」
だが、好きと言ってくれない時点でお察しだろう。
それに、恐らくこれでは平行線のままだ。
「それで、公爵家から婚約は解消を言い出せないから私に嫌われようとしている訳だね。」
「いえ、そこまでは・・・」
「いずれにしても、私は君を悪いようにしようとは思っていない。しかし、お互い立場がある。もう少し、落ち着いて考えた方がいい。」
「はい。ありがとうございます。」
私は席を立つ。いや、ここにいるのがいたたまれないというのが本音だ。
少し感情的になってしまったのは、お恥ずかしい限りだが・・・
ここから挽回できるかどうかは分からない。
何せ、普通はこうなる前に破綻しているからだ。
今の私たちは、世間体を気にしたビジネスライクな関係に成り下がっている。
「まあ、ここまで嫌われた私に瑕疵があると言わざるを得ないけどね。」
そう言って退室するのが精一杯だった・・・