王子様とヒロインと悪役令嬢と
入学式が終わり、新入生はそれぞれのクラスに移動し、担任とクラスメイトの自己紹介、簡単な注意事項の伝達が行われる。
こういうところは、中学も貴族学校も変わんないのね。
何て思ってたら、教室の手前で見えない何かに躓いて転んだ。
「キャッ!」
もう最悪!思いっきり転んじゃったじゃない!ハズ過ぎる・・・
「大丈夫ですか?」
「済みません。」
そして顔を上げてビックリ。その後、途轍もなく後悔・・・
そう、目の前で手を差し伸べてくれてるのは、攻略対象の王子様。
また油断しちゃった。これ、イベントだよね。
せっかくここまで出会いイベントを回避できてたのに。
「大丈夫です。一人で起き上がれますので、ご心配なく。」
そう言うのが精一杯だったけど、咄嗟の対応としては良かったんじゃない。
きっとこれならジェニファーに目を付けられることは無いよね。
それに、攻略対象も教師のジェームズを除けば全員同じクラスだけど、婚約者がいるキャラだっているから、大人しくしなきゃね。
タダでさえ、一番身分が低いんだから。
どうせ、アタシに話しかけてくるような人はいないだろうけど、今日明日は特に慎重にいかないとね。
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式が終わり、緊張はさらに高まる。
普通は逆なんだけど。
私を断罪し、死に追いやる婚約者とヒロインとの邂逅に身体は強ばり、震えを抑えることが出来ない。
私の周りを囲む顔見知りのご令嬢方にかなり心配をされながら、どうにか教室までたどり着く。
中を確認したがまだミッチェル殿下の姿は無い。
ここではあまり身分を気にする必要は無いらしいが、殿下より先に入って堂々と座って待つのは何だか失礼に思い、教室の遙か手前でご挨拶をすることに決めた。
本当なら会いたくないし、関わりたくもないのですが、今までは殿下にしつこく付きまとっていたはず。
急に態度を変えて妙な噂が出ても厄介ですので一応、最低限の義務的接触はこなしつつ、徐々に距離を取っていく戦略を採らざるを得ません。
大丈夫です。殿下は基本、温厚な紳士ですから。
そして、向こうから殿下が来ました。
私は廊下側の窓際に立ち、深々とお辞儀をします。
本来は、軽く会釈すれば良いのでしょうが、できることなら、目を合わせたくありませんので。
「ジェニファー・フレミング公爵令嬢、ごきげんよう。これから3年間、よろしくお願いします。」
「はい。ミッチェル殿下、こちらこそよろしくお願いします。」
「ではレディ、エスコートいたしましょうか。」
「いいえ。ご挨拶がしたかっただけですので・・・」
「分かりました。では後ほど。」
そう言って殿下は教室の方に歩いて行きます。
良かった・・・
やっと極度の緊張から解放され、身体の感覚が戻ってきます。
ここでは、エスコートも「後ほど」もまっぴらごめんです。
そう思って顔を上げると、教室の入口でヒロインとの出会いイベントが発生していました。
ゲームではあれほどときめいたシーンですが、今は近寄りたくもありません。
少し時間を置いて教室に入ろうと、その場を静かに立ち去ります。
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入学式の挨拶も無難にこなし、教室での自己紹介も終わった。
その後は、クラスメイトの顔と名前を覚えられるように、彼らの話を真剣に聞き、人となりを分析する。
もちろん、ニコラスやドウェインを始めとして、何名かは知っているが、この中には将来、国政や社交界を担う人材も数多くいるはずだ。
将来の王として、彼らを把握するとともに、第一印象を良くすることは重要だ。
まあ、そういうことは事前に教えてくれないかなあとは思うが。
そして、担任はモーリス・デラニー先生。
確か伯爵家の三男で、父親は有名な学者であり、叔父が侍従医を勤める学術に長けた一族のご出身だ。
私はホームルームが終わるとすぐに隣国の王子殿下に挨拶する。
先日、殿下が入国された後に一度、挨拶を交わした記憶はある。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ミッチェル・アーネットです。」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。これから3年間、親しくしていただけると嬉しいですね。」
「そうですね。そして将来に亘って親しき隣国としてお付き合い願いたい。」
「ええ、互いに頑張りましょう。」
どうやら、クラスメイトも皆、紳士淑女らしく、それぞれ挨拶を交わしているようだ。
そして、一通り挨拶を終えて、ドウェイン君の元に行こうとしたら、彼が他の友人と教室から出て行くところだった。
「ドウェイン、どこに行くんだい?」
「食堂だよ。」
「食堂は明日からと聞いているけど。」
「何故だか分からないけど、事前に見ておく必要がある気がしてね。」
事前に見ておかないといけないのか?
まあいいけど。
そして気付けば、ローランド殿下も姿が無かった。