入学式の朝
さて、今日は4月1日。王立ウィンスロット貴族学校の入学式だ。
私は朝から馬車に乗り、学校に向かっている。
しかし、上流貴族、殊に王族なら優秀な家庭教師が付いているはずなのに、何で学校なんか通う必要があるのか、不思議でならない。
むしろ、下級貴族や騎士階級の者達にも配慮したカリキュラムなど、王族に必要な教科の履修が遅れる懸念すらあるのではと思う。
確かに、下級貴族や騎士、庶民の暮らしぶりや水準を知ることは必要だが、そもそも騎士と王族は、生きるために必要な知識や知恵の質が違う。その上、私が知っていたとしても、彼らの事を考えるのは上司だったり行政官だったりする訳だ。
それに、貴族学校は共学だという。ケンブリッジやオックスフォードのような貴族が通う学校もヨーロッパには存在するが、あれって昔は男子校だったんじゃないの?この文明度と女性の地位で共学って、何かおかしくない?
そんな疑問と不満を感じつつ、馬車は校門に着く。
この時間は他家の馬車で渋滞しているが、王家の馬車はそれを押しのけて門をくぐる。
そう、王家の馬車だけは校門前ではなく、エントランスまで行く事が許されているのだ。
「ミッチェル殿下、ようこそ我が校へ。」
「うむ。これから3年間、よろしく頼む。」
「お任せ下さい。本校の総力を挙げ、殿下のお役に立ちましょう。それでは、控え室にご案内いたしますので、お時間までごゆるりとおくつろぎください。」
こうして校長自らの案内で控え室に入り、式典までの間、新入生代表挨拶の確認を行うこととなる。
~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/
公爵家の馬車は校門前に停車する。
そして馭者に手を添えられ、馬車を降りると、目の前には見慣れた光景が広がる。
「ついに、来てしまいました・・・」
前世で見たのはアニメ調のグラフィックだったが、目の前の門や校舎は、大作映画のセットのようだ。
とは言え、この風景をリアルに見られたという感慨以上に、ついにここに足を踏み入れてしまったという緊張感が私の心を支配している。
「差し当たり、今日は私関連のイベントは無いはずだわ。」
そうは言っても、気持ちが晴れる訳では無い。
一人静かに門をくぐり、入学式会場である大講堂に向かう。
~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/
「ここね。やっぱりスペ体質だわ。」
ウチは貧乏男爵家だから通学は徒歩。
しかも1年前までは平民だった設定なので、入学当初は一緒に通学するような友達なんていない。
まあ、シナリオどおりなら、最初の半年くらいは攻略対象くらいしかお付き合いは無いけど。
そんなアタシには要注意人物がいる。悪役のジェニファー・フレミングよ。
王子の婚約者であり、この後、同じクラスになることが分かっている相手よ。
まあ、アタシは王子に近付くつもりなんてさらさら無いけど、婚約者は陰湿でヒステリックな性格だから、ほぼ平民のアタシなんか油断したらすぐに詰んじゃう。
だから、目立つ行動はしないように気を付けないとね。
でも、そんなアタシにとって今日は最初の試練なの。
何たって入学式は攻略対象との出会いイベントが目白押し。
玄関前で宰相の息子、中庭の噴水前で隣国の王子、食堂で騎士団長の息子、入学式会場前で先生、クラス分け後の教室で王子様に会うことが分かっている。
まあ、先生以外はみんな同じクラスなんだから、会わずにやり過ごすことは不可能だけど、イベントは回避して、目立たないようにしないとね。
まあ、アタシは男子に自分から近付くようなビッチじゃないけど。
~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/
「ウッシッシ、待ちに待った新学期。どんな生徒がいるのかな~」
職員室に入った僕は、いろんな考えを巡らせる。
何たって僕は超絶イケメンだし、ここは教員も生徒も美人揃い。
ハッキリ言うが、誰でもウェルカム状態だ。
こんな世界を造ってくれて、そして、僕を招待してくれてありがとう。
しかも、ラノベやゲームの世界なら、間違い無くヒロイン達が入学してくる。
そして、ヒロインに注視すれば、誰のルートに入ったかが分かるし、それ以外の女性をターゲットにすれば、身の安全もバッチリだろう。何ならヒロインの逆ハーレムに入ったっていい。それはこれからの僕次第だ。
「先生、そろそろ式が始まりますよ。」
「ああ、そうだね。」
同僚に促され、ウキウキ気分で講堂に向かう。
~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/~/
何で俺はここにいるんだろう。
馬車から降りて、入学式会場に向かっていたのだが、何故か校舎玄関で足が止まり、そこから動けなくなってしまった。
いや、動く意志はあるんだが、足が地面に固定された感じで、微動だにしない。
不思議なこともあるもんだ。
そうして苦戦すること約二十分。突然身体が元に戻り、足が動くようになった。
「ジジババの暴走運転って、こういうことが起こるからなのか?」
何か知らんが、急いで会場に向かう。
そして入学式が始まり、学校長と生徒会長の挨拶に続き、新入生全員の氏名が紹介される。
続いて新入生代表として、ミッチェル第一王子殿下が演壇に立つ。
「先ほどは、学長並びに生徒会長より祝いの言葉を頂戴し、新入生一同、感謝の念に堪えない。これから3年間、たゆまぬ研鑽により、栄えある王国の次代を背負うに相応しい人材になるよう努める所存である。これから先生を始めとする学校関係者や先輩諸氏には、面倒を掛けることも多々あるが、指導のほど、よろしくお願いしたい。」
こうして入学式は無事終了した。