夜はダンス
交流会初日の夜は毎年恒例のダンスパーティーだ。
大人になると頻繁に夜会へ繰り出すことになるだろうし、それ以前に、親の目を気にせず良いお相手を探せる機会なんて貴重だ。
生徒会の狙いとしては、ダンス教科のモチベーション向上も謳っている。
何だかこじつけっぽいが。
ちなみに、今夜のメニューは食堂のおっちゃんおばちゃんの作だが、食材は生徒会予算で結構いいものを取り揃えた。
本格的なパーティーには敵わないが、学食よりは美味しく仕上げてくれていると思う。
「では、パーティーを始めるに当たりまして、生徒会長より一言いただきます。」
「今日はみんなに集まってもらえて嬉しく思う。夏の休日の一時、いつもと違う場所でいい思い出を作って欲しい。では、グラスの準備はよろしいですか?」
「OKです。」
「それでは、学園の発展と皆の良き想い出に。」
「乾杯!」
楽団の華やかな演奏が始まり、会場は賑やかに、そして煌びやかな雰囲気に染まる。
「本格的だな。」
「実は、この楽団のギャラが一番予算を食ってる。」
「この人数分の食材よりか?」
「こういうのも勉強なんだろうね。」
生徒達が懇談を始めるが、私たち主宰に挨拶する人たちも列を成している。
ダンスまでの時間、私はほとんど時候の挨拶を交わしていただけだった。
まあ、私はともかく男性と挨拶を交わすローランド殿下や明らかに場違いなニクラス君にとっては苦痛の時間だったろう。
そして、一通り挨拶の列が途切れた頃合いを見計らって指揮者のタクトが大きく振れる。
ジャン!という音とともに、音楽は軽やかな舞曲風の序曲に変わる。
生徒達はあらかじめ決めていたであろうパートナーを探し、会場中央に集まり始める。
そして演奏が一旦止まり、曲の開始までは照明も若干落とされる。いよいよダンスの始まりだ。
私は婚約者が欠席しているので、一曲目はご遠慮しておいた。
華やかな合奏が始まる。これ知ってる曲だ。ワルツってやつだ。曲名は知らないけど・・・
ホール一面に鮮やかな色のドレスの花が舞う。
上から見たら綺麗だろうなと思い、2階に移動するが、赤や青、紫といった丸い花が優雅に回転する姿は幻想的にも見える。
2曲目は副会長のオリヴィア先輩と踊る予定なので、急いで会場に戻る。
「殿下とご一緒できる栄誉を賜り、光栄に存じます。」
「先輩、ダンスの時にはそのような口上を述べるのですか?」
「そうですね。私は今年デビューする予定ですが、位の高い方と踊る場合はこのように挨拶すると教わりました。」
「でも、生徒会長と副会長ですから。」
「今夜のパーティーは、こういった練習も兼ねているのですよ。」
曲が始まり、彼女が優雅なステップを始める。
さすがは成績優秀な先輩である。周囲で踊っているご令嬢より頭一つ抜けている上手さだ。
そして3曲目はキャロライン・ゴールドバーグ嬢と踊ることになった。
「オッホッホ!副会長様も素晴らしいご令嬢ですが、やはり殿下の隣は高貴な私こそ最適ですわ。」
「初めてですが、何卒お手柔らかに。」
高位貴族のご令嬢は殊更ど派手なドレスに身を包んでいるが、彼女の真っ赤なドレスは一際目に付く。
これをチョイスする人、本当にいたんだというほどの逸品である。
「こう言っては不敬ですが、殿下はどうしてあの婚約者と?」
「まあ、いろいろあってのことですよ。しかし、とても立派な淑女だと思っておりますよ。」
「さすがは殿下、とてもお優しい心遣いと存じますわ。」
「まあ、彼女に不足があると思ったことはございません。」
「でも、より良い選択肢はあると思いますわよ。」
「さあ、それはどうでしょう。」
「学園生活はまだ始まったばかりですわ。まだ熟慮する時間はいくらでもございますわ。」
曲が盛り上がってくると、向こうから一組のペアが近づいて来る。
ニコラス君とドウェイン君のペアだ。
いくら婚約者がいるといっても、その取り合わせはあんまりじゃないか?
「いやに毒々しい花が咲いていると思ったら、縦ロールか。」
「失礼ですわね。ドレス、髪型、化粧、どれを取っても超一流の出で立ちですわよ。」
「頭の横に二つ、黄金のウ○コが揺れてるみたいだけどな。」
「まあお下劣なこと。最新の流行を知らないようでは、紳士の端くれにもなれませんわよ。」
「何が最新だ。そんなものくっつけてるご令嬢なんて、これだけいてもお前だけじゃないか。」
「最新の流行を取り入れられるだけの財力を持っている家なんて、そうそうありませんわ。」
「まあ、上品なご令嬢には似合わないからな。」
「何ですって!いくら宰相様のご子息といっても、お父様に言いつけますわよ。」
「まあまあ二人とも。親睦を深める場なんだから喧嘩はダメだよ。」
「殿下がそうおっしゃるなら、今夜に限って不問に処しますわ。」
良かった。余計な仕事が増えずに済んだ。
次の曲もゴールドバーグ嬢と踊ることになったが、どうやらそれで機嫌が治ったらしい。
「いやあ、沢山のご令嬢と踊ることができて、俺は満足だぜ。」
「ローランド殿下はみんな違うご令嬢と踊ってましたね。」
「ああ。挨拶を交わしたご令嬢を含めたら、参加者のほとんど全員と知り合えたな。」
「全員覚えてるの?」
「当然さ。何事もそこから始まるんだぜ。」
「さすがは殿下。」
こうして初日は滞り無く終わる。
ワルツはヨハンシュトラウス2世の春の声をイメージしました。