夜の鏡
さて、6月の清掃活動が終われば、次の生徒会の大きな行事は8月の交流パーティーである。
結構大がかりな準備が必要なのだが、やることは基本的に例年と変わらない。
ノウハウもあるし2年生の先輩に聞きながら段取っているので、それほど混乱はしていない。
そんな、ちょっと余裕のあるうちに、七不思議をもう少し調査してみようということになった。
先日、ピアノと人体模型を無事解決し、学校に報告するとともに生徒に公表したが、これで生徒会への信頼が爆上がりし、私たち役員を見る目が非常に好意的になったと感じている。
ここで点数を稼いでおくことは、私たちの将来にとっても良い影響をもたらすと考え、当初のやる気の無さから一変、これを全て解決することにしたのだ。
そして、次なる目標は「夜中に覗くと、中から人が覗き返してくる踊り場の鏡」だ。
これは単に、お手軽だったからに他ならない。
少なくとも花子・・・もといフラワーチャイルドや飛んでくる包丁より安全性が高いと思われたからである。
ということで7月に入ったある日の夜、私たちはまた、玄関前に集合する。
時間は前回と同じ23:00。
メンバーは生徒会役員全員とジェームズ先生、ゴールドバーグ嬢の計9名である。
今回もオリヴィア先輩、ケント先輩、クリフ先輩の三人は玄関前で待機。残りのメンバーで調査する。
何せ今回は階段の踊り場での調査であり、これでも場所的に人数が多いと言える。
「しかし、何で階段の踊り場に鏡なんて置くんだろう。」
「そんな学校たまにあるよね。」
うん?この世界にここ以外の学校なんてあったっけ?
「だいたい、階段は足下を見て歩かないと危ないじゃないか。」
「寝癖をチェックするためじゃない?」
「まあ!あなた方は使用人が朝、お手入れしてくれないのかしら?」
「俺は寄宿舎だからな。従者も連れて来ていないし。」
「そういや、ローランド殿下はどうして単身なの?」
「国にいろいろ報告されたくないからな。」
「ああ、そういう・・・」
「さて、この上だぜ。」
私たちは階段の踊り場に着くと、ランプの明かりを頼りに鏡を調査する。
「こないだ見た時は何も起きなかったよね。」
「まあ、普通に考えたら自分の姿を誤認したと考えるのが一番自然だからな。」
「そうだよね。中から睨まれるって言っても、誰のどのようなっていう具体的な情報は伝わってないからね。」
「そこの粗野な殿方なんて、目つきが最悪ですもの。」
「お前もちゃんと鏡を確認した方がいいぞ。」
「まあまあ喧嘩しないで。」
「しかし、改めて見ても、普通の鏡だよね。」
ジェームズがランプを掲げて顔を近付けたその時・・・
「うわっ!」「キャーッ!」
ガシャン!
先生がランプを落としてしまう。
むしろみんな先生の声にビビったみたいだ。
「先生、どうかしましたか?」
「もう先生、前回といい、全く役に立ってないですよねえ。」
「いや、今確かに光る赤い目が見えたんだ。」
「ランプの火でそう写っただけじゃないのか?」
「ゴールドバーグ嬢は何か見たの?」
「いえ、先生の声に驚いただけですわ。」
腰を抜かしたドウェイン君も立ち上がる。
「ランプ、割れちゃったね。」
「危ないから片付けよう。予備は私が持ってるから。」
ローランド殿下の魔法で火を付けてもらい、ニコラス君が近くから持ってきた掃除道具でランプの破片を始末した。
「じゃあ、調査を再開しよう。」
「ランプの火ってことで結論づけていいんじゃないか?」
「確かに一つの説にはなるね。」
「あと、同行者の悲鳴で冷静さが失われるのも一因だよな。」
そう言った途端、今度は鏡の中から目が青く光る黒い影が見えた。
「おおっ!」
私は思わず一歩引いてしまう。
先生とドウェイン君は後ろの壁まで後ずさっている。
「おいおい。こりゃあ本物かも知れねえなあ。」
「そうだな。特に危害を加える感じじゃなさそうだがな。」
「でも、さっきの黒い影は禍々しかったよな。」
「やっぱり、光魔法で浄化してもらうしか無いのか?」
「なあに、割っちゃえばいいんじゃない?」
「いや、こないだの人体模型も結局弁償する羽目になったんだし・・・」
「生徒会の予算から出したじゃないか。」
「でも、調査の度に物を壊してたら、そのうち許可が出なくなるかも知れないよ。」
「じゃあ、鏡をどこかに移してしまうか?」
「そうだね。こんな鏡が踊り場にあったら危ないよ。」
「じゃあ、倉庫にでも運んで布でも掛けておけば安全なんじゃね?」
「ダメ-ッ!」
「うわぁっ!」
急に大きな声がしてみんなパニック。
やっぱり先生とジェームズ君は階段を駆け下り、玄関を飛び出していく。
ホント逃げ足速いな・・・
もう一度、鏡を見返すと、中に羽の生えた妖精っぽいものが浮かんでいる。
「おいおい。こりゃ本物じゃねえか?」
「これはさすがに認めるしかないな。」
「ダメ!鏡をどこにも持って行かないで。割ってもダメ!」
「君、話はできるかい?」
私は妖精っぽいものに会話を試みる。
「うん。」
「私はこの学校の生徒会長でミッチェル・アーネットという者だ。」
「あたしはミント、鏡の妖精だよ。」
「妖精かあ。確かに羽根も生えてるしそう見えるけど。」
「本当だよ。信じて。」
そう言うと彼女は鏡の中から出てきた。っていうより出られたんだな。
「ゆ、幽霊ではないのですわね。」
「違うよ。鏡の妖精。」
「こんなちんけな鏡にも妖精はいるのか?」
「どんな鏡にも妖精はいるよ。そして鏡の妖精はみんなミラお母さんの子供で、妖精の国の王様の一族なんだ。」
「すげえ数だな。」
「普段は人間の前に姿を出さないから。」
「それで、鏡を使ってイタズラしてたの?」
「うん。夜にたまに・・・」
まあ、妖精はイタズラ好きとも言うし。
「でも、階段で人を驚かせるのは危ないから、倉庫辺りに移動させようと思っているんだ。」
「うぇっ・・・やだよ・・・」
妖精は泣き出してしまう。
「じゃあ他の策を考える?」
「何で倉庫じゃダメなんだ?」
「うえっ・・・か、鏡は、何かを映してこそ鏡なの。暗い倉庫で、うぇっ・・・布を被せられるなんて・・・悲しいよう・・・」
小さな女の子に泣かれると、さすがに辛い。
「分かったよ。倉庫には持って行かない。でも、階段は危ないから場所は移動させるよ。」
「生徒会室などいかがかしら。」
「そりゃいいね。事情を知ってる人たちばかりだし、イタズラや乱暴をしそうな人もいないし。」
「決まりだな。それで、生徒達にはどう説明する。」
「そうだねえ。浄化したことにでもするか。」
「そうだな。ミントはそれでいいか?」
「うん。ありがとう・・・」
「ところで、ミントは昼間でもそうやって出て来られるのかい?」
「うん、もちろんだよ。」
「鏡が割れたら死んでおしまいのなられるのかしら?」
「ううん。そしたら妖精の国に帰って次の赴任先が決まるまで待機だよ。でも、次の仕事は何になるかは分かんない。」
「鏡の妖精なのに?」
「うん。あたしのお姉ちゃんは臨時で森の妖精してる。」
「結構、柔軟に運用してるんだな。」
「じゃあ、明日の放課後に早速作業するか。」
ということで、翌日、いやもう今日だけど、放課後に生徒会室に移動させた。
とにかく、壊して弁償させられずに済んで良かった・・・