恋を知らない婚約者
ある日の休日。
ここはタウンゼント子爵邸。
今日はここにキースリー男爵家からロバート、アナベルの親子が来訪している。
ロバートは近衛騎士団の副団長を務める武人であり、アナベルはドウェインの許嫁である。
親同士は単なる上司と部下以上に良好な関係であり、子供同士も婚約を結んで早四年になる。
そして、たまにこうして訪ねてきては交流を図っている。
「ひ、久しぶりだね・・・」
「はい。今日が来るのを楽しみにしておりました。」
「そうだね、二ヶ月、いや、三ヶ月ぶりくらい?」
「そうですね。ドウェイン様がご入学なさってからは初めてでございます。」
「じゃ、じゃあ、天気もいいし、少し外でも歩かない?」
「はい。」
面と向かって話すのは今の僕にはあまりにハードルが高い。
いたたまれなくなって彼女を庭に連れ出す。
そう言えば、前のこの人、どんな性格で彼女とどう向き合っていたんだろう。
「あの、ドウェイン様?」
「うん?なあに。」
「その、随分雰囲気が変わられたように思いますが、お身体の具合でも悪いのでしょうか?」
「いいや、そ、そんなことないよ。でも、そんなに変わったかなあ。」
「はい。前はもっとグイグイといいますか、オラオラといいますか、少し怖かったです。」
「そうだったっけ?僕はオラオラとか、ちょっと無理だなあ。」
「一人称も俺様でした。」
俺に様を付けるなんて、絶対勉強できないキャラじゃないか。
「僕ももう大人だからね。それに相応しい振る舞いをしなくちゃと思ってね。」
「素敵です。とても素晴らしいと思います。」
「それで、僕ってどんなキャラだったかなあ。」
「そうですね。副団長くらいいつでも勝てる、が口癖でした。」
「普通に無理だよね。」
「あと、お前の物は俺様の物、も口癖でした。」
サイテーだな・・・
「本当にイケイケオラオラだったんだね。反省したよ。」
「でも、私が忘れられないとっておきがあるのです。」
「それは聞くのが怖いなあ。」
「俺様の剣は闇を切り裂き、ドラゴンをも打ち倒す絶対最強の剣だ、でございます。」
イタいにも程があるだろう。
「その後に、お前も俺様の剣で心をめった刺しされて、メロメロになるだろうな、と続きます。意味は分からなかったのですが。」
もうヤメテくれ。僕の心がズタズタだよ・・・
「今まで酷い有様でごめんね。もう大人だから、もうちょっとマシな人を目指すよ。」
「でも、ドウェイン様は本当に雰囲気が変わられましたね。」
「前の方が良かったかな?」
「いいえ。断然今の方が素敵です。やはり、貴族学校に入ると変わるのですね。」
「そうだね。アナベルお嬢様が来年入学するのを今から楽しみにしているよ。」
「まあ!お嬢様ですって・・・嬉しいです。」
「まあ、そこら辺も大人らしく振る舞わないといけないと思ってね。」
「でも、私のことはアナとお呼びいただければ、嬉しいです。」
きっと今までは「お前」だったんだろうな・・・
「じゃあ、アナ・・・」
「はい・・・」
何て照れくさいんだろう。僕はクラスの女子と名前で呼び合った事なんてないから、顔が真っ赤になる。せめて望月さんとか、三田さんならよかったんだけど。
いや、それでも他のクラスメイトの目があるとハードル高いよね。むしろ塾の方が気安く話せる。
でも、好きとか恋とかは良く分からない。
ついこの間まではそんなものに興味も無かったし考えたことも無かった。
そんな僕だけど、こうして婚約者があらかじめ決まっているのは気が楽だ。
彼女はとても優しそうだし、僕も自分から女性を誘うなんてできないから。
そんな僕と一緒にならざるを得ない彼女だから、大切にしたいと思うし、実際いい子だと思う。
「今まであんまりアナのこと大切にしてこなくてゴメンね。」
「いいえ。そんなことはございませんよ。ずっと以前からドウェイン様が誠実で本当はお優しい方だということは分かっておりましたから。」
「そう・・・ありがとう。」
もうこれ以上言葉が出て来なくなる。
何か言わないといけないと焦るけど、上手く言葉が出ない。
先生の質問でこれほど詰まった事なんて無いけど、どんなに勉強しても、女子との会話が上手くできそうな気がしない。
「私も早く入学したいです。」
「そしたら一緒にいられる時間が増えるね。」
「はい。今からとてもドキドキしますね。」
「僕ももう少しスマートに振る舞わないとだね。」
「ドウェイン様なら、きっと大丈夫です。今までも堂々としておりましたし。」
「そ、そうだったかなあ。そういや、僕たちまだ二人でお出掛けしたことなんてなかったよね。」
「はい。このお屋敷の中だけですね。」
「じゃあ、今度街に行ってみるのはどうかな?」
「はい。お誘いいただける日を楽しみにしております。」
何か、この数ヶ月で僕もいきなり大人になったなあと思う。
実際、中学をすっ飛ばして高校生になってるんだもんなあ。
それでも、何とかなってるし、鍛錬以外は良く頑張っていると思う。
そんなことを考えながら、彼女との心地よい時間は過ぎていく。