願いを叶える
さて、驚愕の一夜が明けた。
確かに少しだけ期待はしていたが、まさか本当に幽霊に出くわすとは・・・
あれから急いで校舎外に退避し、ケント先輩の手配で真夜中なのに養護のカーラ先生を呼び出し、手当をしてもらった。幸い、彼女は軽い打撲で済んだようで一安心だ。
ちなみに、ジェームズ先生とドウェイン君には次の日に教室で再会を果たした。
何で主戦力の逃げ足が最速なんだろう・・・
「ところで、どうするよ。」
「七不思議のうち、ピアノと人体模型は真実でした。じゃあ済まないよねえ。」
「俺は彼女の願いを叶えてやりたいな。」
「俺もだぜ。」
「じゃあ、まずはお相手探しからだな。」
私たちは早速、放課後に過去の学生名簿を調べるとともに、校長にナタリー・ヒースロー公爵令嬢のことを尋ねることにした。
するとナタリー嬢についてはすぐに判明した。44年前に儚くも命を絶ったご令嬢とのことで、現公爵の姉君とのこと。
そして、名簿を元に、かつての同級生たちに話を聞いた結果、どうやらお相手の男性はマーク・ウォルフォード前男爵らしいことが分かった。
「まさか、聖女様のお祖父様とはね。」
訪れたのはウォルフォード男爵邸。
貴族街の端にある小さいながら瀟洒な佇まいの屋敷である。
そして、アポは取ってないが、こちらは王族、向こうはご隠居様である。すんなり通される。
「マーク・ウォルフォード卿、お初にお目に掛かります。ミッチェル・アーネットです。」
「これは殿下、ようこそお越し下さいました。このような取るに足らない者に何かご用がおありとか。」
「ええ。ナタリー・ヒースロー嬢のことにつきまして、お話をお伺いしたいと思いまして。」
「懐かしい、お名前ですな・・・」
「実は先日、校内で彼女にお会いしまして。」
そしてあの夜のことを彼に伝えた。
「そうですか。本当だとしたら、とても嬉しい事です。私たちはピアノと通じて知り合い、身分差はあれど、とても親しくお付き合いさせていただきました。彼女には幼い時から将来を誓い合った方はおりましたが、上手く行っておりませんで、とてもお辛そうな表情を見せることも多かったのです。」
「そうですか。ウォルフォード家は多くの芸術家を輩出したことでも有名ですからね。」
「ありがとうございます。私も武をもってお役に立てるほどではなく、唯一自慢できるのがピアノでございました。」
「それで、彼女に想いを伝えたのですね。」
「はい。しかし、その後すぐにあのようなことになってしまって、とても後悔しました。当然、後を追うべきだったのですが、そうすると当家を継ぐ者がいなくなってしまいます。彼女には死を強いておいて、卑怯な限りです。」
「そんなことはありませんよ。それで、ルシア嬢まで繋がった訳ですし。」
「いいえ。私の息子は他家からの養子で血のつながりはございませんし、ルシアも血が繋がらない子でございます。」
「では、独り身だったと。」
「ええ。私には彼女だけでしたし、他の女性を愛する資格などございませんから。」
「そうですか。では、彼女に是非とも会っていただきたいのですが。」
「よろしいのでしょうか。」
「きっと、待っていると思います。」
「分かりました。呪い殺されても悔いはありませんしね。」
「そのようなことにはなりませんよ。きっと・・・」
そうして私たちは再び、夜の校舎を訪れることになった。
今夜はあの時の4人にジェームズ先生、マーク・ウォルフォード前男爵の6人だ。
ドウェイン君は二軍落ちし、ケント先輩とともに玄関前で待機する。
ジェームズ先生も戦力としては使えないが、教師がいないと立ち入り許可が下りないのだから仕方無い。
時間は先日とほぼ同じ23:00集合である。
特にマーク卿は緊張の面持ちであるが、これは恐怖のためではないだろう。
「では、行きますか。」
私たちはあの日と同じ経路で音楽室に向かう。そして、例の角を曲がった途端、あの曲が響いてきた。
「月光・・・」
曲名?
「彼女が最も得意としていた曲です。懐かしい・・・」
マーク卿は、そのまま吸い込まれるように音楽室の扉を開け、中に入っていく。
彼は静かにピアノの方に歩み寄り、私たちはこれに続く。
「とても、とても長い時間でした・・・」
不意に演奏が止まる。彼女はこちらに背を向けたままだ。
「ナタリー嬢、お待たせしました。マークです。」
「会いたかったです。お別れしてからさらに、とても・・・」
「全ては私の責任です。本当に申し訳なかった。」
しばしの沈黙・・・
「いいえ。投げ出してしまったのは私。とても、嬉しかったのですよ。私を愛する人がいてくれたということが。」
「あなたには辛い想いをさせてしまった。それに、とても長く待たせてしまった。」
マークは膝を折る。
そして彼女はこちらに向き直る。
その目はとても優しい。
「とても、お皺が増えましたね。」
「あなたは変わらない。あの日の輝きのままだ。とても眩しい。」
「あの時もそうおっしゃて下さいました。そして愛してるとおっしゃって下さいました。本当に救われたのですよ。」
「私にもう少し、勇気と力があれば。」
「いいえ、それに、今夜こうしてお越し下さいました。一目会えて、それだけで・・・」
「マーク卿、もう、あなたたちを遮る者はおりません。もう一度、いかがですか?」
「ありがとうございます。殿下。」
マークは彼女の手を取った。
「私はこの44年、一日たりともあなたを忘れた事などなかった。今もお慕いしております。今世ではついぞ叶いませんでしたが、全てを投げ打ってでも必ずやあなたと添い遂げる覚悟です。どうか、よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。とても・・・」
彼女の頬を涙が伝う。
「今すぐは叶いませんが、きっと探して下さいね。」
「私も今すぐそちらにまいります。」
「それはなりませんよ。私のように皆を悲しませてはいけません。いつまでもお待ちしておりますよ。」
「ありがとう。本当にありがとう・・・」
「それとローランド殿下、ミッチェル殿下、本当に有り難うございました。これでもう、思い残すことはございません。皆さんのお幸せを、あの世から見守っております。ではマーク様、しばしのお別れです。」
「ナタリー。」
彼女の姿は少しづつ輪郭を失い、光とともに上に上って、やがて消えた。
まるで月の光のような、曲の終わりのような優しい余韻を残して。
「行ってしまわれましたね。」
「殿下、本当にありがとうございます。彼女の気持ちを隊かめることができて、感無量です。」
「本当に良かったと思います。マーク卿、これからもお心を強く持って下さい。」
「はい。彼女に恥じないよう、残る生涯を暮らしたいと思います。」
とその時、例のカシャカシャという音が遠くから聞こえてきた。
「これもお約束か・・・」