真夜中の不協和音
さて、今夜は5月25、いや、もうすぐ26日になろうかという時間。
私たち生徒会メンバーは校舎前に集合した。
メンバーは、許可者代理としてジェームズ先生、私ミッチェル、ローランド殿下、ニコラス君、ドウェイン君、キャロライン・ゴールドバーグ嬢の6人と、後方支援としてケント先輩が玄関前に控える体制だ。
ゴールドバーグ嬢は言い出しっぺということもあるが、本人の強い希望で参加と相成った。
「さて、これから音楽室に向かうよ。明かりはランプだけで暗いから、注意して歩いてね。」
「はい。」
「それと、君たちなら大丈夫だとは思うけど、絶対にふざけないでね。」
全員、緊張の面持ちだ。
今夜の調査は「音楽室の独りでに鳴るピアノ」だ。
音楽室は中庭を挟んだ裏手、特別教室棟の2階にある。
ちなみに、校舎本館とこの特別教室棟は2階と3階のみ、廊下で繋がっており、上から見ると中庭を挟んでコの字型になっている。なので私たち一行は正面玄関から2階に上がって音楽室に向かう。
私だって大学時代は友人達と肝試しに行った。
○○ニュータウンや野間トンネルといった大阪でも有名なスポットで一夜の涼を楽しんだものだ。
だからどうしたと言われるとそれ以上何も無いが、生来臆病なたちである。
こんなことを考えていないと怖いのである。
「しかし、こんな学校でも夜は薄気味悪いんだな。」
「じゃあ、階段を上がるからね。暗いから足下気を付けてね。」
ジェームズ先生を先頭に2階に向かう。幽霊に魔法が効くのか心配ではあるが、物理攻撃よりは頼りになりそうだ。
「そういや、この鏡だよな。ガンつけてくるヤツ。」
「でも、夜中暗いのに、睨み返してくるのが分かるのかなあ。」
「階段を上がるのに明かり無しじゃ、幽霊より危ないぜ。」
「それもそうか。」
みんなで鏡を睨みつけているので、当然のことながら自分に睨み返されている。
「まさか、そういう意味じゃないよね。」
「不思議でも何でも無いからな。」
「さあ、先に行くよ。」
2階に上がり、渡り廊下に入る。次の角を曲がって3つ目の教室が音楽室だ。
そして、まさに角を先生が曲がろうとした瞬間。
ボーン!
「キャーッ!」「出たーっ!」
突然、ピアノらしき大きな音が鳴り、皆が一斉に逃げ出す。私も逃げようとしたが、最後尾のゴールドバーグ嬢が転んで動けない。どうやら腰が抜けてしまったようだ。
ローランド殿下とニコラス君もすぐに正気を取り戻し、三人でゴールドバーグ嬢を助け起こそうとする。
いや、それはいいんだが、ジェームズ先生とドウェイン君早えな。
しかも逃げすぎだと思うぞ・・・
「あ、あわわわ・・・」
「ゴールドバーグ嬢、大丈夫ですから落ち着いて下さい。」
「殿下、助けて下さい。私を見捨てないで下さい。」
「大丈夫です。見捨てたりなんかしませんよ。」
「しかし殿下、どうします。」
「幸い、僕たちも予備の明かりを持っているから、進むことも撤退することもできるよ。」
「俺は行こうと思う。」
「さすがニクラス君だね。」
「ああ、まだ道が塞がった訳じゃ無い。行けるなら行くぜ。」
「だが、彼女を一人にする訳にもいかないな。」
「じゃあ、少し休んでから再度チャレンジだ。」
しかしさっきの音、水戸黄門のCM前みたいな音だったなあ・・・
しばらく休んでいるとゴールドバーグ嬢も落ち着いて来たようなので、私たち四人は再び音楽室に向かうことにする。もちろん、ジェームズ先生たちは帰って来ない。
「じゃあ、行きましょうか。」
特別教室棟への角を曲がり、すぐに音楽室の入口に立つ。
そこで再びピアノの音が鳴り、一瞬身体が硬直するが、みんなその場に踏みとどまってくれたようだ。
「殿下、俺が先に行きますのでお下がり下さい。」
「ニクラス君、大丈夫かい?」
「じゃあ、扉は俺が開けよう。」
ローランド殿下が扉を引いてくれるようだ。私とゴールドバーグ嬢は扉の横に立つ。
それにしても、西洋の建物なのに教室の扉が引き戸なのは何故だろう・・・
「じゃあ行くぞ。3、2、1、ゼロッ!」
ローラント殿下が豪快に戸を引くと、ニコラス君が中に駆け込む。
随分度胸あるよなあ・・・
そして、それに続いて私たちも中に入る。すると・・・
いた。青白く光っている何かがピアノの前に。
いや、よく目をこらしてみると、人が座っているようにも見える。
もう既に、ゴールドバーグ嬢は腰を抜かしてへたり込んでいる。
私は、彼女をローランド殿下に任せて、ニコラス君と二人でその光に近付く。
やはり、人のように見える。
「あの、どちら様で。」
何とも間抜けな挨拶だが、これ以外の言葉が出て来なかった。
すると、その顔がこちらに向いた。若い女性のようだ。
「殿下、ここは俺に任せてくれないか?」
ローランド殿下がこちらに来る。やはり、若い女性相手なら彼が適任だ。
「お嬢さん、私たちはこの学校の生徒会の者です。お嬢さんのお話を是非お伺いしたいと考え、夜分に失礼ながらまいったものです。どうぞ、お見知りおきを。」
「はい。」
幽霊が喋った!
いや、喋ってくれないと困るのだが、とても新鮮な驚きだ。
もしかしてローランド殿下って、霊能者?
「お嬢さん、ピアノがお好きなようですね。もしよろしければ一曲お聞かせ願いたいのですが。」
さ、さすがは殿下。
若い女性なら幽霊相手でも全く臆さない。
彼女は無言で頷くと、ピアノの方に向き直り、静かに曲を弾き始める。
これ知ってる。私でも知ってる有名な曲だ。
でも、この世界にもこの曲あったんだね。
物悲しくも重厚で幻想的な曲が夜の音楽室に響き渡った。
「見事な演奏でした。もしかして、プロの方ですか?」
「いいえ、この学校の生徒です。」
「申し遅れましたが、私はバレッタ王国第一王子、ローランド・グレゴリー。そしてこちらはウィンスロット王国第一王子、ミッチェル・アーネット殿下です。よろしければ、お名前をお伺いしても?」
「私はナタリー・ヒースローと申します。ローランド殿下とミッチェル殿下にお声がけいただき、大変光栄に存じます。」
「ナタリー嬢はヒースロー公爵家の方なのですね。」
「はい。もう昔のことになりますが。」
「それで、何故ここに?」
「私は18の時にここで自ら命を絶ったのでございます。それ以来、ここにおります。」
「何か思い残すことがおありなのですか?」
「私の思い人に、もう一度お会いしたい。そして、どうしても伝えられなかった気持ちをお伝えしたい。そう思っていたら、ここから離れられなくなってしまって・・・」
「そのお相手の方には、気持ちを伝えられていないのですね。」
「身分が違いすぎまして。あの御方に好いていると言葉をいただき、とても嬉しかったのですが、私には既に許嫁もおりましたし・・・」
「それで、気持ちを伝えることができないまま・・・」
「はい。」
「それで、お相手の方はどちらの方ですか。」
「・・・」
やはり、名を出すのは躊躇したのか、彼女は俯いたまま沈黙してしまった。
「こんな、こんな悲しいこと、耐えられませんわ!」
ゴールドバーグ嬢は感極まったか、音楽室の外に走り出してしまう。
その時、遠くからカシャカシャという音が近付いて来た。
「うん?何の音だろう。」
「キャーッ!」
突然、ゴールドバーグ嬢の悲鳴が上がり、私たちは彼女の後を追う。
すると、音楽室の入口付近で彼女が白いものとぶつかって、弾き飛ばされるのが見えた。
人骨!?
そして、その謎の物体はそのまま走り去ってしまった。
後には、泡を噴いているゴールドバーグ嬢が倒れているだけだった・・・
「大丈夫ですか!」
私たちは彼女を助け起こす。
「こりゃあ、一旦引き返すほかないな。」
「そうだね。怪我してるなら早く手当をしないと。」
ピアノの方を振り返ると、すでに彼女の姿は無かった。